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「麗しい交わりの教会は聖霊によって」

  • 佐々木 優
  • 2023年7月9日
  • 読了時間: 2分

2023年7月9日(日)

テキスト:使徒の働き2:43~47(新約聖書236頁)

 43節「すべての人に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われていた。」

 ここで言う「恐れ」とは、恐怖という意味ではなく、尊敬ということばにも置き換えられるものであるとのこと。この初代教会の集まりが周囲の人々から尊敬と好意をもって関心を寄せられていたことを示している。使徒たちは聖霊の働きかけによって「多くの不思議としるし」、すなわち、イエス様の御業を継続していたのである。

 44~45節「信者となった人々はみな一つになって、一切の物を共有し、財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた。」

 「信者となった人々はみな一つになって」とは、必ずしも同じ場所で生活したというわけではなく、心からの親しい交わりを意味し、初代教会の人々の意識のうえではまさに共同生活であったということと考えられる。この人々は主にあって一つの家族であるという自覚のもとに、持ち物もどんな物も自分一人のものと考えることができなくなり、一切の物を共有にし、それぞれの必要に応じて、皆に分配する生活へと導かれていたのである。 「一切の物を共有し」とは、実際に共有していたというよりも、誰の目にも一切が共通に見えたということで、「私の物はあなたの物、私の物はみんなの物」という態度で生活していたということ。

 麗しい交わりの教会の姿があったのである。

 このような麗しい教会であったということ、また、使徒たちが行っていた「多くの不思議としるし」も相まって、教会は民全体から好意を持たれ、そして、「主は毎日、救われる人々を加えて一つにしてくださった」(47節)のである。

 しかし、これらの素晴らしく麗しい教会の姿は、教会員が一生懸命にやっているからこのようになったということを伝えようとしているのではない。世間の好意的態度のせいでもない。使徒の働きは、イエス様が始められたことを、イエス様がし続けられたことの記録である。イエス様が聖霊において、教会を用いてし続けられる働きの記事だからである。

 よって私たちにおいても、私たちが聖霊の働きかけを阻害(隣人愛を阻害する様々な事柄)しない限り、今日の教会においても麗しい交わりの姿が形成されていくものだと信じて歩む必要があるであろう。


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