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「聖霊の降臨によって」

  • 佐々木 優
  • 2023年5月27日
  • 読了時間: 3分

2023年5月28日(日)

テキスト:使徒の働き2:1~13 (新約聖書233頁)

 本日は教会歴のペンテコステ、聖霊降臨を記念し、感謝する日である。

 イスラエルには三大祭があった。第一は「過越の祭り」、第二は「七週の祭り(五旬節:過越から七週間後)」、そして第三は「仮庵の祭り」。この祭りに、イスラエルの壮年男性は必ずエルサレムに巡礼して参加することが義務付けられていた(出エジプト23:14、出エジプト23:17)。

 5節「エルサレムには、敬虔なユダヤ人たちが、天下のあらゆる国々から来て住んでいた」とあるが、「住んでいた」とは「滞在していた」という意味であり、過越の祭りに来て、「七週の祭り」までの約50日間、そのままエルサレムに滞在していたということを表している(二つの祭りのために容易に往復できる距離ではなかった者たちが多くいた)。

 使徒とイエス様の母や兄弟たち、イエス様に従ってきた女性たちが集まっていると、「すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。」(2節3節)今日の私たちがこの超常現象を理解し尽くすことはできないが、「この物音がしたため、大勢の人々が集まって来た。」(6節)とあるように、天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こった故、大ぜいの人々が集まって来たのである。この超常現象は聖霊を象徴しているのであろうが、神様はこのような超常現象をもって、目には見えない聖霊が、イエス様を信じる一人一人の内側に宿ったということが現実に起こったのだと分かるようにして下さったのであろう。

 この超常現象後に、すなわち、聖霊降臨後に使徒たちは、地中海世界全域に離散していたユダヤ人の様々な国の言葉で語り始めた。「皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。」(4節)話し始めたその内容は、イエス・キリストの生涯、十字架、復活の出来事だったのであろう。そしてその後のペテロの宣教(イエスの死と復活の意味について語る)によって、約3,000人の人々が信じ、洗礼を受け、使徒たちのグループに加わり、キリストの教会が誕生していった。

 ヨハネ16:8~11には、聖霊が来られた時に聖霊がクリスチャンを通してなさる働きのことが記されている。

 8節「その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世の誤りを明らかになさいます。」

 聖霊は3つのことを明確に示す。

①罪について

9節「罪についてというのは、彼らがわたしを信じないからです。」ここで述べられている「罪について」とは、イエス様を神であると信じないということが罪であるということである。当時のユダヤの人々、特にパリサイ人・律法学者たちは、イエス様が行う数々の奇蹟を見ながらも、イエス様が神であり、旧約時代から預言されていたメシヤであることを認めなかった。罪とは、人に命を与え、愛していると語っておられる神様を無視し続けることである。イエス様はわたしを通して神様の下に戻って欲しいと述べたのである。

②義について

10節「義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなるからです。」「義についてとは」ローマ3:22にある通り、「イエス・キリストを信じることによって、信じるすべての人に与えられる神の義です。」

③さばきについて

11節「さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです。」イエス様が十字架にて死んだ時、この世の支配者たちの手に落ちて敗北の死を遂げたかのようであったが、そのイエス様が死人の中から復活することによって逆にこの世の君であるサタンは敗北したのである。そして、イエス様を信じる者にはさばき(神様と和解しないままで生涯を終える)はないのである。

 聖霊はクリスチャンを通して、イエス様を信じることによって罪が赦され、義と認められ、さばきから救われるということを人々に示されるのである。

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