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「繰り返される罪に対する神さまの解決」

  • 佐々木 優
  • 2024年9月29日
  • 読了時間: 5分

2024年9月29日(日)

テキスト:使徒の働き8:14~25(新約聖書248頁)


<8:14 エルサレムにいる使徒たちは、サマリアの人々が神のことばを受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネを彼らのところに遣わした。>ユダヤ人とサマリア人の長い敵対関係の歴史の中でサマリアの人々が福音のメッセージを受け入れたということは信じがたい出来事だった。故に、ペテロとヨハネをエルサレム教会の代表として派遣し、確認する必要があったのであろう。

<8:15 二人は下って行って、彼らが聖霊を受けるように祈った。>本来は、イエスさまを信じた時に聖霊の神が信じた者の内側に住まわれるが、神さまはこの時は特別に、サマリアという特別な場所故に、サマリアの人々にも、ペンテコステの出来事と全く同じように、イエスさまを信じる者に聖霊が下ることを、サマリアの人々にも、エルサレム教会の人々にも、はっきりと示されたのではないか・・。ユダヤ人とサマリア人の長い敵対関係の壁を壊すためにも・・。

<8:16 彼らは主イエスの名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊はまだ、彼らのうちのだれにも下っていなかったからであった。8:17 そこで二人が彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。>使徒2:38には「そこで、ペテロは彼らに言った。「それぞれ罪を赦していただくために、悔い改めて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」とあるが、この御業と同じ御業がサマリアの人々にもなされたのである。

<8:18 シモンは、使徒たちが手を置くことで御霊が与えられるのを見て、使徒たちのところに金を持って来て、8:19 「私が手を置く者がだれでも聖霊を受けられるように、その権威を私にも下さい」と言った。8:20 しかし、ペテロは彼に言った。「おまえの金は、おまえとともに滅びるがよい。おまえが金で神の賜物を手に入れようと思っているからだ。>「賜物」とは、キリストの教会を建て上げるために神さまから無償で与えられるものであり、お金で買うようなものではない。しかし、シモンは長い間、魔術で人々を驚かせていたので、御霊が下る御業をお金で買えるなら買いたいと普通に思ったのだろう。異教的な背景に身を置いていたシモンが何故に御霊が下ったのかを理解するのは難しかったのかもしれない・・。

<8:21 おまえは、このことに何の関係もないし、あずかることもできない。おまえの心が神の前に正しくないからだ。8:22 だから、この悪事を悔い改めて、主に祈れ。もしかしたら、心に抱いた思いが赦されるかもしれない。>御霊が与えられるということは、ただただ神さまの御業であるということにシモンの理解が及ばないのは仕方のないことだったとしても、問題はこの後、シモンがペテロのことばをどのように受けとめるかであったのだろう・・。

ペテロは<8:23 おまえが苦い悪意と、不義の束縛の中にいることが、私には見えるのだ。」>と述べた。かつて人類の先祖アダムとエバの子どもたちの間で人類最初の殺人事件が起こったが、兄カインが弟アベルに妬みを持った時、神さまはカインに言われた。

創世記4:6、7

4:6 【主】はカインに言われた。「なぜ、あなたは怒っているのか。なぜ顔を伏せているのか。

4:7 もしあなたが良いことをしているのなら、受け入れられる。しかし、もし良いことをしていないのであれば、戸口で罪が待ち伏せている。罪はあなたを恋い慕うが、あなたはそれを治めなければならない。」

 神さまはカインになぜ怒っているのかを打ち明けてほしかったのだろう。カインが怒りを自分で処理しようとすると問題は広がる可能性があることを神さまは教えておられたが、結果、カインはアベルを殺してしまう(カインはこの時まで、人が死ぬということを知らなかった)。カインは弟アベルを殺してしまった後、神さまに命乞いをする。

創世記4:13、14

4:13 カインは【主】に言った。「私の咎は大きすぎて、負いきれません。

4:14 あなたが、今日、私を大地の面から追い出されたので、私はあなたの御顔を避けて隠れ、地上をさまよい歩くさすらい人となります。私を見つけた人は、だれでも私を殺すでしょう。」

 この命乞いに対して神さまは約束して下さった。

創世記4:15

4:15 【主】は彼に言われた。「それゆえ、わたしは言う。だれであれ、カインを殺す者は七倍の復讐を受ける。」【主】は、彼を見つけた人が、だれも彼を打ち殺すことのないように、カインに一つのしるしをつけられた。

 神さまはカインの命を守ると約束して下さった。カインの犯罪の後始末は神さまがしておくから大丈夫だと言われた。

 本日の箇所に戻るが<8:24 シモンは答えた。「あなたがたが言ったことが何一つ私の身に起こらないように、私のために主に祈ってください。」>ペテロとヨハネが祈ったということは記されていないが、<8:25 こうして、使徒たちは証しをし、主のことばを語った後、エルサレムに戻って行った。彼らはサマリア人の多くの村で福音を宣べ伝えた。>「こうして、使徒たちは証しをし、主のことばを語った」ということばの中に、シモンにも悔い改めて赦される道があることを示したということが案に含まれているのだろうと思う。しかし、後代の伝説はシモンをキリスト教に常に敵対した人物として、また異端の筆頭として描いているということを見ると、この後のシモンは異教的思考を転換することなく生きたのだと考えられる。それでも、死ぬことなく異教的活動を続けたことを見ると、アナニア、サッピラ事件(使徒5:1~11。アナニア、サッピラは罪の指摘を受けた後、その場で死ぬ)の時とは神さまにとっては何かが違ったのかもしれない・・。

 聖書は、この世界のはじまりの時から、そして、この初代教会の時も、人は妬みや、強い承認欲求をそのままにしていく時の問題の広がりを示している。しかし、常に神さまが罪人を守り、赦し、その場における最善の解決をして下さっていることを記しているのである。


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