「私たちの思いを大切にして下さる神さま」
- 佐々木 優
- 2024年10月12日
- 読了時間: 4分
2024年10月13日(日)
テキスト:使徒の働き8:26~40(新約聖書249頁)
ピリポは「主の使い」から「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」(26節)と告げられました(ピリポが居たサマリアからガザまでは約130キロの距離があります)。
ピリポはガザでエチオピアからエルサレムに礼拝のために来て帰る途中の宦官に会い、イエス・キリストのことを教え、宦官はイエス・キリストの福音を理解し、直ちに受洗を願い洗礼を受けました。
この宦官は現代のエチオピアではなく、現在スーダンとして知られている国から来た。彼はエチオピア人の女王カンダケ(「カンダケ」とは、エジプトの王を「パロ」、ローマの皇帝を「カイザル」と言うのと同じ、エチオピアの女王の称号)の高官で、女王の信任を得て、全財産を管理していた。「宦官」という語は普通は去勢された人を指す言葉であり、そのような人はユダヤ人の律法では神殿に入ることが禁じられていたので、ただエルサレム神殿の外庭からはるかに礼拝することしか許されなかった。しかしそれでも、エチオピアから数千百キロメートル以上も離れている(九州から北海道あたりまでの距離)エルサレムまで巡礼に来ていたのですからその信仰心は並々ならぬものがあったのだろうと想像できます。
なぜ、使徒の働きの著者ルカ(『ルカの福音書』の著者。医者であり、パウロと伝道旅行を共にした異邦人インテリ・クリスチャン)は、この出来事を記したのでしょうか・・
使徒の働きは「テオフィロ様」(使徒1:1)宛てに書かれています。「テオフィロ」とは、「神の愛人」「神の友」という意味の名ですが、詳しい身元は分からないそうです。ただ分かることは、彼が身分の高いローマの役人で、教会の教えを受けていた者だったので、ルカは『ルカの福音書』をテオフィロに贈呈し、親密な間柄になり、もう1冊を贈呈しようと『使徒の働き』を贈呈したと考えられています。『使徒の働き』には20章以下28章までパウロの告白が記されています。ルカがこれだけのページを割くということはルカがその部分を書きたかったからだと考えられます。ルカは使徒の働きの後半に収録されているパウロの弁明の部分をテオフィロに読んで欲しかったのだと考えられます。ルカは、『ルカの福音書』も『使徒の働き』もテオフィロに読んでもらうという同じ目的で書いたのでしょう。ルカは、自分の先生であり、囚われの身になっているパウロを弁護したかった・・『使徒の働き』は、そのための文書だった。あるいはもっと具体的に、裁判の資料にしたかったのかもしれないということです。ルカは、パウロがローマを転覆させようとしている政治犯ではなく、純粋にイエス・キリストに出会い人生が変えられ、その喜びが動機となり行動をしていただけだったとテオフィロに伝えたかったのでしょう。そして、エチオピア人の女王カンダケの高官がイエス・キリストを信じ洗礼を受けたという驚くべき出来事もテオフィロに伝え、その今も生きて働かれるイエス・キリストにパウロは180度人生を変えられたのだと・・・。
聖書には神さまからのオファーを受け取った人物が数多く記されています。神さまはオファーをごり押ししない方です。その人が受け入れる心になった時にその人の心に住んで下さるお方です。エチオピア人の高官には神さまが導いているこの世界のことをもっと知りたいという求めがあったのでしょう。その求めに対して、高官と神さまとの間を繋ぐようにして、イザヤ書53章の苦難のしもべのみことばが高官と神さまとの間に入ったのです。
聖書は人間が信じること祈ることが信仰生活にとって決定的に重要なこととしては示していません。しかし、「娘よ、しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。」(マタイ9:22)とイエスさまが言われる箇所からも分かるように、神さまは、本日の箇所のエチオピア人の高官の求めに応えたり、ルカのパウロの弁明を助けたいという人間味溢れる思いも大切にして下さるのです。