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「神さまの愛を拒み続けている」

  • 佐々木 優
  • 2024年8月4日
  • 読了時間: 4分

2024年8月4日(日)

テキスト:使徒の働き7:51~53(新約聖書247頁)


 本日もステパノの最高議会での弁論の箇所から扱います。

 ヘレニスト・ユダヤ教徒(外国育ちのギリシャ語を使うユダヤ教徒)たちがステパノを訴え出た理由は、エルサレム神殿とそれにまつわる儀式律法の廃棄を教えたということで、神とモーセを冒涜した罪だということだった。

 ここからステパノの口調はかなり激しくなる。


7:51 うなじを固くする、心と耳に割礼を受けていない人たち。あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖たちが逆らったように、あなたがたもそうしているのです。

 「うなじを固くする」→強情なということ。

 「割礼」→男性の包皮を取り除くこと。神の民に属するしるし。旧約における割礼の規定は、神さまとアブラハムとの契約を記す創世記17章に始まる(10ー14節)。ここで、すべての男性(家で生まれたしもべ及び外国人から買い取られた者を含む。出エジプト12:44参照)は、「契約のしるし」として、生まれて8日目に(創世記21:4、レビ12:3参照)割礼を受けることが命じられている。本来この儀式は、神さまへの従順(創世記17:1)と神さまの選びの恵みをあかしするものであり、このしるしを通して、神さまがアブラハムに約束された祝福が思い起こされ、また待望されるはずのものであった。

 また、割礼は比喩的にも語られ(出エジプト6:12欄外注、レビ19:23ー25等)、「心の割礼」(レビ26:41、申命記10:16、30:6、エレミヤ4:4、9:26、エゼキエル44:7、9)は「心を尽くし、精神を尽くして神を愛する」ために必要(申命記30:6)とされた。(『新キリスト教辞典』いのちのことば社、「割礼」参照・引用)

 エレミヤは神さまの召命に対して、応答することのできない人々のことを「耳に割礼を受けていない」(エレミヤ6:10)とも表現している。そのような頑なさは、特に「聖なる霊を拒む」(イザヤ63:10)という場合に見られた。聖霊は、預言者たちと、また今や初代教会においては、聖霊に満たされた使徒たちと証人たちを通して語りかけるお方であると見なされていた。(『ティンデル聖書注解 使徒の働き』いのちのことば社、174頁、参照・引用)

 イスラエルの民は、先祖以来<聖霊>の指導・助言のもとにあるが、今に至るまで<いつも聖霊に逆らっている>(『実用聖書注解』いのちのことば社、1,178頁、参照・引用)


7:52 あなたがたの先祖たちが迫害しなかった預言者が、だれかいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もって告げた人たちを殺しましたが、今はあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました。

 ここで預言者たちと言われているのは、「正しい方が来られることを前もって」預言した人々のことである。ここでの「正しい」は「無実の」という意味になるのだろうが、この語句がメシヤとしてのイエスを指すことについて疑問の余地はない。いにしえのユダヤ人が預言者たちを殺すことによって神に対する敵意を表したとすれば、ステパノの時代のユダヤ人は、最後の一線を踏み越えて、メシヤであるイエスをローマ人に引き渡してしまい、そうすることで自らを殺人者としてしまった。「預言者たち」の死について責任を問われるのはユダヤ人であるという見解は、ユダヤ教の中で伝統的に受け継がれていたことは十分に立証されている。(『ティンデル聖書注解 使徒の働き』いのちのことば社、174頁、参照・引用)

7:53 あなたがたは御使いたちを通して律法を受けたのに、それを守らなかったのです。」

 律法に言及しているということは、ここで特に殺人禁止命令へのユダヤ人の違反に対するものであろうか。(『ティンデル聖書注解 使徒の働き』いのちのことば社、175頁、参照・引用)

 神さまの恵みの世界の原則は「あなたが決めていい」という自由意志(神さまがお与えになった人間のすばらしい機能)の尊重にある。神さまは私たちと対等に語り合おうとしておられる(それはイエスさまが人間の姿をとってこの地上に来て下さったことにも表されている)

。相互尊重でなければ真の意味での愛し合う関係は成立しないからである。故に、私たちは神さまに「NO」という権利をも尊重されている。

 だとするならば、はるか昔からユダヤ人が聖霊に逆らい続けていることを糾弾しているこの箇所は、どれだけ神さまが「あなたを愛している」と示し続けてもそれを拒み続ける民への神さまのことばに言い表せないほどの悲しみ痛み苦しみをステパノが汲み取った時、それがこのような糾弾するかたちになっているのかもしれない。


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