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「生きておられるイエス・キリストが」

  • 佐々木 優
  • 2023年7月23日
  • 読了時間: 3分

2023年7月23日(日)

テキスト:使徒の働き3:11~16(新約聖書237頁)

 生まれつき足の不自由な人がイエス・キリストの名によって(イエス・キリストの権威によって、イエス・キリストご自身によって)癒された。彼は「躍り上がって立ち、歩き出した。そして、歩いたり飛び跳ねたりしながら、神を賛美しつつ二人と一緒に宮に入って行った」(8節)

 11節「この人がペテロとヨハネにつきまとっているうちに、非常に驚いた人々がみな、『ソロモンの回廊』と呼ばれる場所にいた彼らのところに、一斉に駆け寄って来た。」

 宮から美しの門を出て来た所に回廊があった。ここは、千年も昔にソロモン王が宮を建てた時のままの古い姿をとどめていたので「ソロモンの回廊」と呼ばれていた。ここは宮に来た者たちのたまり場となっていたと考えられるが、その人々が、ペテロとヨハネと生まれつき足の不自由だった人が歩いているのを見ようと一斉に駆け寄って来た。

 12節「これを見たペテロは、人々に向かって言った。『イスラエルの皆さん、どうしてこのことに驚いているのですか。どうして、私たちが自分の力や敬虔さによって彼を歩かせたかのように、私たちを見つめるのですか。』」

 ペテロはこの奇蹟がなぜ起こったのかを説明するために人々の誤解を訂正する。まことの神を知らぬ異邦人ならともかく、「アブラハム、イサク、ヤコブの神、すなわち私たちの父祖たちの神」(13節)を知るイスラエル人ならば、こんな奇蹟に驚くべきではないとペテロは述べる。この奇蹟がペテロたちからではなく、私たちの先祖の神から来たことを悟るべきだと・・。

 13節~15節「アブラハム、イサク、ヤコブの神、すなわち私たちの父祖たちの神は、そのしもべイエスに栄光をお与えになりました。あなたがたはこの方を引き渡し、ピラトが釈放すると決めたのに、その面前でこの方を拒みました。あなたがたは、この聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し、いのちの君を殺したのです。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。」

 「しもべ」と訳されたことばは、「奴隷」ではなく、秘蔵の寵臣、実の子などを表す。特にイザヤ書53章などで「主のしもべ」と言われるメシヤ称号の一つ。「いのちの君」の「君」とは、指導者や源泉を表し、イエス・キリストこそが永遠の命を分かち与える源であり、また永遠のいのちに導いて下さる導き手であることを述べたのである。「しもべ」「聖なる正しい方」「いのちの君」これらのことばはいずれも、メシヤ称号として知られている呼び名である。

 ペテロはイエス・キリストこそがメシヤであるのに、あなたがたはこの方を拒み、「人殺しの男を赦免するように要求し、いのちの君を殺した」のだと述べた。しかし、「神はこのイエスを死者の中からよみがえらせ」ることによって、「そのしもべイエスに栄光をお与えに」なった。復活こそが、イエス・キリストにメシヤの栄光が与えられていることのこのうえない証しであり、弟子たちは「そのことの証人」であると述べた。

 そして、「あなたがたが今見て知っているこの人を強く」したのも、「この人を皆さんの前で、このとおり完全なからだにした」のも(16節)、このイエス・キリストがよみがえって、今も生きてその御業をなさっているということの証拠なのだと述べた。

 生まれつき足の不自由な人は、よみがえり今も生きておられる「イエスによって与えられる信仰」によって、「その名を信じる信仰のゆえに」(16節)癒されたのである。この男は、ペテロとヨハネに「私たちを見なさい」(3章4節)と言われ、「何かもらえると期待して、二人に目を注いだ」(5節)だけである。すなわち、イエス・キリストが癒そうと思われる時には、その人にイエス・キリストを信じて託してみようという思い(信仰)をイエス・キリストご自身が与えて下さるのである。

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