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「恵みを受けてもらいたくて」

  • 佐々木 優
  • 2024年6月9日
  • 読了時間: 3分

2024年6月9日(日)

テキスト:使徒の働き5:25~32(新約聖書242頁)

 

 使徒たちは投獄されました(ペテロとヨハネは二度目)。大勢の人々が使徒たちのところへ集まって、その評判が急速に高まってきたので、大祭司とその仲間たち全部、すなわちサドカイ派の者がみな「ねたみに燃えて立ち上がり」(5:17)、使徒たちを捕らえて留置場に入れました。

 17~25節には、逮捕された使徒たちが「主の使い」によって救い出されたことが記されて

いました。「主の使い」は使徒たちに語りました。「行って宮の中に立ち、人々にこのいのちのことばをすべて語りなさい」(20節)使徒たちは「夜明けごろ」から、クリスチャンも礼拝者もまだ大勢集まっていない頃から宮に行って語り始めました(21節)

 大祭司とその仲間たちは議会を召集して、使徒たちを引き出して来るように命じて役人たちを獄舎に送りますが、そこはもぬけの殻であり、しかも、使徒たちが「宮の中に立って人々を教えています」(25節)という知らせを聞いた祭司長たちは

 26節「そこで、宮の守衛長は下役たちと一緒に出て行き、使徒たちを連れて来たが、手荒なことはしなかった。人々に石で打たれるのを恐れたのである。」

 議会の中に立たされた使徒たちは大祭司に尋問されます。その内容は2点でした。

「あの名によって教えてはならないと厳しく命じておいたではないか。それなのに、何ということだ。おまえたちはエルサレム中に自分たちの教えを広めてしまった。」(28節)

 布教禁止令に対する違反であると訴えられた。

 それに対して使徒たちは「人に従うより、神に従うべきです。」(29節)と答えました。

「あの人の血の責任をわれわれに負わせようとしている」(28節)

 ユダヤ教当局者たちがイエス・キリストを十字架刑に処するようにローマの総督ピラトに願い出た時、当局者はエルサレム市民をそそのかして、「その人の血は私たちや私たちの子どもらの上に。」(マタイ27:25)かかってもいいと叫ばせました。ところが今、使徒たちは市民の人気をさらい、あの罪の責任を当局だけになすりつけようとしていると・・責任転嫁罪だと訴えた。

 それに対して使徒たちは「私たちの父祖の神は、あなたがたが木にかけて殺したイエスを、よみがえらせました。神は、イスラエルを悔い改めさせ、罪の赦しを与えるために、このイエスを導き手、また救い主として、ご自分の右に上げられました。」(30~31節)と答えました。

 「木にかけて」とは、旧約聖書時代に、のろわれた罪人の死刑として定めた形であり、ユダヤ教当局者はイエス・キリストをのろいの死につけたのでした。しかし、神さまの判定は当局者の判決とは違っているのだと・・。それは、神さまは同じイエス・キリストを「よみがえらせ」「ご自分の右に上げられました」という二重のほまれをもって祝福されたからだと・・。ここに、布教禁止令を守れというユダヤ教当局者に従うよりも、神に従うべきであるという根拠があるのだと使徒たちは述べているのです。

 しかし、神さまがイエス・キリストを復活昇天させられたのは、ユダヤ教当局者の間違いを正すためではなく、ユダヤの民を「悔い改めさせ、罪の赦しを与えるため」に、神さまとの交わりの回復を願い、神さまの恵みを受けてもらいたくて、イエス・キリストを「導き手、また救い主」とされたのだと・・。

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