「当時者だけがそれに意味を与えることができる」
- 佐々木 優
- 2024年8月25日
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2024年8月25日(日)
テキスト:使徒の働き8:1~4(新約聖書248頁)
本日の聖書箇所には、ステパノの死によってどのようにしてキリスト者たちが各地に散在するようになり、またその結果どのようにして福音が広められていくかが示されている。
8:1 サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外はみな、ユダヤとサマリアの諸地方に散らされた。
この迫害の急先鋒サウロは、ラビという聖書を教える指導者を育てる学校にも入り、しかも、最難関であったガマリエルのラビ上級学校という学校に合格、パリサイ派というユダヤ教の一派の中でも厳格派のパリサイ派に属していた。ステパノ処刑の時に証人の上着を預かった「ステパノを殺すことに賛成していた」賛成論者であった。ステパノの裁判の時にサウロは、ガマリエルの代理のようにして出席していたのかもしれない・・。サウロは「家から家に押し入って、教会を荒らし、男も女も引きずり出して、牢に入れた」(3節)とある。人々が家の教会で礼拝している時にそこを襲い、男性も女性も逮捕したのである。
『ティンデル聖書注解』では、「おそらくローマ当局はこうした事態に対して黙認を決め込んでいた。いずれにせよ攻撃は短期間だったはずであり」とある(『ティンデル聖書注解 使徒の働き』いのちのことば社、180頁、参照・引用)。ヘンリー・H・ハーレイによれば、迫害はおそらく2ー3ヶ月続いた(『聖書ハンドブック ヘンリー・H・ハーレイ』。
「使徒たち以外はみな、ユダヤとサマリアの諸地方に散らされた。」ティンデル聖書注解にはこのように記されています。
エルサレムでの迫害は、もともとステパノの敵対者たちからのものであり、迫害はおもに教会内でステパノとかかわりの深かった人々に対してなされたと推定できる。「使徒たち」はおそらく攻撃の対象とはならなかったのだろう。彼らが(当然ながら他のキリスト者たちと共に)エルサレムに留まり得たという事実は、迫害がおもにステパノのグループに対するものだったとの推測を裏付ける。(『ティンデル聖書注解 使徒の働き』いのちのことば社、179頁、参照・引用)また、中川健一師は使徒たちがエルサレムに留まることができた理由をこのように述べています。「サンヘドリンは、使徒たちへの迫害が好ましくない結果をもたらした経験をしている」からだと・・。
ステパノの敵対者とは、おもに生粋のユダヤ教徒であろう。そもそも彼らはヘレニスト・クリスチャン(外国育ちのギリシャ語を使うユダヤ人クリスチャン)を快く思っていなかったのであろう。そして、ステパノ処刑を機に教会内でステパノとかかわりの深かった人々、おもにヘレニスト・クリスチャンを迫害していったのであろう。
キリスト者たちは彼らの信仰を保ちつつ、同時に身を守るために、迫害の手の及びにくい場所、「ユダヤとサマリア」の田舎へと避難した。しかも、「散らされた人たちは、みことばの福音を伝えながら巡り歩いた」(4節)のである。
8:2 敬虔な人たちはステパノを葬り、彼のためにたいへん悲しんだ。
『ティンデル聖書注解』にはこう記されている。
ステパノの埋葬をすることは危険なことであったのだが、それでも教会には「ステパノ」のために適切な埋葬を行おうとする敬虔な人々がいた。処刑された犯罪人の埋葬は当時は普通に行われていたようだが、後代のユダヤ教の律法規範集は犯罪者の死を公に悼むことを禁じている。もしこの禁止規定が紀元1世紀にも効力があったとすれば、ステパノの死を追悼した人々は、実質的にステパノの抹殺に対する公の抗議を行っていたことになっただろうし、自らを危険にさらすことを覚悟でそうしたのだろう。(『ティンデル聖書注解 使徒の働き』いのちのことば社、179ー180頁、参照・引用)
ステパノの殉教によって、結果としては、教会は拡散し、福音はユダヤ人から異邦人(ユダヤ人にとっての外国人)へと拡大していくこととなった。しかし、神さまがステパノの人生を使ってこのような結果に繋がらせようと計画したのではないと思います。そのような神さまであると受けとめると、聖書全体のバランスが崩れますし、それは聖書が示す神さまではないと言えるでしょう。
河村従彦師は著書の中でこう述べておられます。
「人間が問題に直面しても、それは神さまが愛でなくなったからではありません。人間がどのような状況にあろうとも、神さまが愛であることは微動だにしません。(『ヨブ記に見る 試練の意味』河村従彦著、いのちのことば社、82頁)」
「私たちキリスト者は、不幸が自分の身にふりかかると、それは神さまの訓練であると思い込むか、神さまは意地の悪い方だと感じるか、神さまの愛はどこにいってしまったのかと思って神さまを責めるか、場合によっては因果応報の考え方が頭をよぎるか、だいたいそれくらいの反応をしそうです。しかし、この世界で不幸が発生することと神さまの愛の間には、直接的な関係はありません。私たちがどうだったかということとも直結していません。なぜそれが自分の身にふりかかってしまったのかを合理的に説明できなくても、不幸が起きたこと自体には意味はありません。ただ、神さまが造られたこの精巧な宇宙で、罪の結果として、不幸が起きるという事実があるだけです。・・試練・不条理は神さまから出たものではなくても、受ける側が信仰を働かせるときには、そこに意味づけをすることができるということです。試練は、神さまが、何か意図することがあって与えているものでは必ずしもないのですが、受ける側の受け取り方によって、それをまったく無意味なものにしてしまうことも、反対にそれを非常に意味深いものにすることも可能だということです。(『ヨブ記に見る 試練の意味』河村従彦著、いのちのことば社、125ー126頁)」
ステパノの殉教、それに伴って起こった迫害、それは、その当時者だけがそれに意味を与えることができるものなのです。