top of page

「喜びの出来事はイエスさまと出会うためのオファー?」

  • 佐々木 優
  • 2024年9月15日
  • 読了時間: 2分

2024年9月15日(日)

テキスト:使徒の働き8:5~8(新約聖書248頁)


8:5 ピリポはサマリアの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。

8:6 群衆はピリポの話を聞き、彼が行っていたしるしを見て、彼が語ることに、そろって関心を抱くようになった。

8:7 汚れた霊につかれた多くの人たちから、その霊が大声で叫びながら出て行き、中風の人や足の不自由な人が数多く癒やされたからである。

 イエスさまは弟子たちに悪霊を追い出す権威を与えていました(マルコ3:14、15。マルコ6:7)。ペテロは使徒の働き5:16を見ると、病人や汚れた霊に苦しめられている人々を癒しました。そしてその権威はピリポにも引き継がれていた(使徒6:6)ということです。

 当時、ユダヤ人とサマリア人は敵対関係にありましたから、サマリアの人たちがピリポの語るイエスさまのことに耳を傾けるのは簡単なことではなかったはずです。しかし、ピリポが行っていた汚れた霊につかれた多くの人の癒し、中風(脳出血後に起こる、からだの麻痺の病気)の人や足の不自由な人が数多く癒された奇跡を見たことによって、サマリアの人たちはピリポが語る福音に関心を抱くようになったのです。

 イエスさまは奇跡に頼る信仰を否定し、ご自分から進んで奇跡を行わなかったようですが、しかし、このピリポのサマリアでの福音宣教には神さまによる奇跡が必要だったのでしょう。

 8節「その町には、大きな喜びがあった。」とあります。

 人がイエスさまと出会うには、神さまが自分に良いことをして下さったという喜びが必要なのでしょう。神さまは人間にイエスさまと出会って幸せになってほしいと願い、そのオファーを受けてほしいと人間に働きかけておられます。

 人が喜びを感じる時、それはイエスさまと出会うための幸せへのオファーなのかもしれません。


最新記事

すべて表示
「イエスさまが私たちに仕えて下さっている」

2025年4月6日(日) テキスト:ヨハネの福音書13:1~20(新約聖書211頁)    パレスチナの道路は、全然舗装されておらず、ほこりっぽかった。乾燥した気候の折には、ほこりはかなりうずまり、雨期にはどろんこ道となった。一般民衆が履いていた履物はサンダルであった。それ...

 
 
「人間関係の問題もイエスさまにやって頂く」

2025年3月23日(日) テキスト:マタイの福音書7:1~12(新約聖書11頁)     7:1「さばいてはいけません。自分がさばかれないためです。」  このみことばは、「さばくな」と私たちを律するみことばではなく、弱い私たちに対する共感と温かい目線が含まれているのだと考...

 
 
「私たちには見えない神さまの世界に思いを向けて」

2025年3月16日(日) テキスト:マタイの福音書6:33~34(新約聖書11頁)     33節「まず神の国と神の義を求めなさい」 一つ前の訳の聖書第三版では、 「神の国とその義とをまず第一に求めなさい」 となっています。「第一に」とあるので神さまのことを第二にしてしま...

 
 
bottom of page