「初代教会に必要だった主の奇蹟」
- 佐々木 優
- 2023年7月15日
- 読了時間: 3分
2023年7月16日(日)
テキスト:使徒の働き3:1~10(新約聖書236頁)
1節「ペテロとヨハネは、午後三時の祈りの時間に宮に上って行った。」
ユダヤ教では、神殿または会堂での祈りが1日に3度行われていた。午前9時と午後3時の祈りは必須の祈りであった。「午後三時」は、午後の犠牲がささげられる時間であり、会衆の祈り(おそらく祈祷書を用いて)もそれと同時に行われた。
敬虔なユダヤ人であったペテロとヨハネが神殿に上っていくことは当然のことであった。
イエス・キリストをメシヤと信じる信仰とユダヤ教との分離は徐々に起こっていった。後に、異邦人を教会に迎える段階でユダヤ教の習慣の見直しが必要となった。
2節「すると、生まれつき足の不自由な人が運ばれて来た。この人は、宮に入る人たちから施しを求めるために、毎日「美しの門」と呼ばれる宮の門に置いてもらっていた。」
この男性は、神殿の入り口で物乞いをするために、友人たちによって、ちょうどこの時間に合わせて運ばれてきた。「施し」を行うことはユダヤ人の信仰のおいては格別に徳の高い行為だったので、神殿の礼拝に合わせて多くの敬虔な人々が通るこの場所は、物乞いをするのには最適な場所だったのだろう。ユダヤ人社会では、物乞いになるのは、収入を得る方法が他にない場合に限定された。この生まれつき足の不自由な人は四十歳を過ぎていた(使徒4:22)ので、30年以上、この物乞いによって得られるものだけが収入の全てだった。この人は、施しを求めるために、毎日、敬虔なユダヤ教信者が通るそこに置いてもらっていたので、エレサレム中の人たちが、この人の顔を知っていたのである。
3節~6節「彼は、ペテロとヨハネが宮に入ろうとするのを見て、施しを求めた。ペテロは、ヨハネとともにその人を見つめて、『私たちを見なさい』と言った。彼は何かもらえると期待して、二人に目を注いだ。すると、ペテロは言った。『金銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。』」
ここで使われている「イエス・キリストの名によって」とは、「イエスの権威によって」という意味であり、使徒2:43「使徒たちによって多くの不思議としるしが行われていた。」と記されている通り、教会のはじまりの初代教会において、かつてイエス・キリストがなされたのと同じ御業が使徒たちに継承されていたことが分かる。
7節~8節「そして彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、躍り上がって立ち、歩き出した。そして、歩いたり飛び跳ねたりしながら、神を賛美しつつ二人と一緒に宮に入って行った。」
癒された彼は使徒たちと共に神殿に入り、自分の身に起きたことに感謝し、神をたたえた。
9節~10節「人々はみな、彼が歩きながら神を賛美しているのを見た。そしてそれが、宮の美しの門のところで施しを求めて座っていた人だと分かると、彼の身に起こったことに、ものも言えないほど驚いた」
この男性は何十年もの間物乞いをしていたので非常によく知られていた。故に、人々は「ものも言えないほど驚いた」のである。
この男性の癒しの出来事を契機にして、ユダヤ教の指導者との衝突、迫害が起きていき、ついには、ステパノの殉教や弟子たちの拡散という展開につながっていくのである。