「蔑まれている者に生きがいを」
- 佐々木 優
- 2024年12月21日
- 読了時間: 4分
2024年12月22日(日)
テキスト:ルカの福音書2:8~20(新約聖書61頁)
イエスさまがお生まれになったベツレヘムは、イスラエルの第二代目の王、ダビデの出生地で、「ダビデの町」とも呼ばれた。預言者ミカの預言(「ベツレヘム・エフラテよ、あなたはユダの氏族の中で、あまりにも小さい。だが、あなたからわたしのためにイスラエルを治める者が出る。その出現は昔から、永遠の昔から定まっている。」ミカ書5:2)などから、ベツレヘムは救い主が誕生する地と名指しで呼ばれていた。ベツレヘムの羊飼いも当然この預言を知っていたはずである。
羊飼いの仕事は、羊に草を食べさせるために、お世話をし、狼におそわれないように見張りをし、羊の毛を刈ったりし、そして、夕暮れになるまえに小屋に入れる仕事であった。羊が健康で、栄え、成長していくために、羊飼いの命をいつも羊のために差し出していくような生活をしていくというのが羊飼いの生活であり、夜明けから、夜遅くまで、羊の幸せのために油断をせず、朝は、早くから起きて毎朝必ず群れの様子を見、夜の間、苦しんだ様子がないか、病気をしている羊はいないか等を調べ、一日の間、何度も何度も、群れに目をやって異常がないかを確かめる。夜も、羊が何を必要とするかを忘れないで、片目を開き、両耳を開けて眠る。何か問題が起こった徴候が少しでもあれば、すぐにとび起きて、群れを守るという非常に厳しい仕事であった。ベツレヘムの羊飼いにおいては、エルサレムの隣町という立地柄、エルサレムの神殿で生贄として捧げられるはずの羊たちを見守っていた。それは、罪の赦しのために行われる儀式に必要な子羊を供給するためであったと考えられる。通常は、羊飼いが夜番をしながら羊を守るということはなかった。狼その他の野獣に襲われる危険が絶えずあったからである。しかし、ベツレヘムは特別で、羊の集散地であったため、多くの羊をケアするために、小屋に入れられず外に置いたまま夜を過ごすことがあった。そのように、ベツレヘムの羊飼いは特別な使命のために働いていた人々であり、ダビデの少年時代は羊飼いであるなど、宗教的にも高貴な存在と見られていてもおかしくないはずであるのに、当時の羊飼いは、身分的には低く見られていた。彼らは極端に貧しい者ではなく、ごく普通の生活をできる者であったが、ローマ帝国の人口調査の対象からは外され、価値なしと見捨てられていた。特に宗教的には、彼らが安息日を含む宗教上の礼拝に参加しにくかったため、当時の宗教指導者からは人間扱いをされず蔑まれていた。
4つの点を覚えたい。
①<蔑まされていた者に、真っ先に、救い主キリストの誕生が知らせたかった>
10~11節「御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」
神さまは、為政者からは無益な者、そして、人の尊厳を尊ばない宗教指導者からは蔑まれていた羊飼いに、真っ先に「大きな喜び」を知らせたかったのであろう。
②<羊飼いたちに、仕事の生きがいを感じて欲しかった>
エルサレム神殿では罪の赦しのための生贄として子羊がささげられた。それは何度も繰り返される儀式であった。しかし、イエス・キリストはただ一度だけ十字架上で人類の罪の贖いのためにささげられる神の子羊であった。羊飼いたちはその神の子羊に出会った。羊飼いたちはその深い意味を知っていただろうか・・あるいは後に知っただろうか・・。もし知ったとしたならば、自分たちの仕事の意義を再確認し、改めて誇りを感じたのではないだろうか・・。
人間が仕事に生きがいを感じられないのは、自分の仕事が何かを生み出していると思えない時、生きがいを感じられなくなると言われる。人間は何かを創造するように造られているからである。忙しかったとしても、思うような対価が得られなくても、何かを生み出していると思えたら、人間は生きがいを感じることができるのである。
③<家畜小屋でなければ羊飼いはイエスさまに会えなかった>
ベツレヘムには無数の大きな洞窟があり、羊飼いは、寒い夜にはこの洞窟に羊を導き入れた。洞窟の奥にある適当な岩を削ってそこに窪みをつけ、飼い葉おけとしていた。
為政者からは無益な者、そして、人の尊厳を尊ばない宗教指導者からは蔑まれていた羊飼いたちは、イエスさまが生まれた場所が、立派な王宮や貴族の館ではなく、自分たちの生活の場であるこのような家畜小屋であったからこそ、すぐにイエスさまを見つけ出し、お会いすることができたのである。(羊を飼っている以上、すぐに見つけ出せなければならなかったであろう)