「イエスさまが守って下さっているーサタンの活動はほとんど意識しないー」
- 佐々木 優
- 2月8日
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2026年2月8日(日)
テキスト:ルカの福音書4:31~37 (新約聖書116頁)
(4:31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに下られた。そして安息日には人々を教えておられた。)ナザレ(標高360m)からカペナウム(標高マイナス200m)までは下りである。カペナウムは、ガリラヤの町である。漁業の町で、ペテロとアンデレのホームタウンである。
(4:32 人々はその教えに驚いた。そのことばに権威があったからである。)当時の律法学者たちは、過去のラビ(ユダヤ教に於いての宗教的指導者であり、学者でもあるような存在)たちの教えを引用し、その上に自分の教えを付け加えた。未だかつて、自分の権威で発言したラビは一人もいなかった。いつも、「・・・という教えがある」という言葉で始め、そして何か話す時はいつでも、文献や権威ある人の言葉を引用するというのが習わしだったが、イエスさまは、権威ある神のことばをそのまま語っていたので、人々はその教えに驚いたのである。
(4:33 そこの会堂に、汚れた悪霊につかれた人がいた。彼は大声で叫んだ。)聖書はこの世はサタンが支配している面があるのだと述べている(Ⅱコリント4:4、ヨハネ12:31)。聖書ではサタンは常に神さまへの敵対者として描かれている。「汚れた悪霊につかれた人」とあるが、サタンは悪霊に命じて人の心に住まわせることをした。
(4:34 「ああ、ナザレの人イエスよ、私たちと何の関係があるのですか。私たちを滅ぼしに来たのですか。私はあなたがどなたなのか知っています。神の聖者です。」)「私たちと何の関係があるのですか」は、どうして私たちの邪魔をするのですか、という意味。「私たち」とあるが、悪霊の集団があるということ。「神の聖者」とは、神の使者という意味。悪霊は、イエスさまがメシヤであること、そして、その権威の源を見抜いているということ。こんな集団に襲われたら私たちは太刀打ちできない。だからイエスさまにお任せする以外にはないのである。
(4:35 イエスは彼を叱って、「黙れ。この人から出て行け」と言われた。すると悪霊は、その人を人々の真ん中に投げ倒し、何の害も与えることなくその人から出て行った。)「黙れ」私たちにやさしいイエスさまは悪霊には厳しい。愛する人間を守るイエスさまのお姿がある。
(4:36 人々はみな驚いて、互いに言った。「このことばは何なのだろうか。権威と力をもって命じられると、汚れた霊が出て行くとは。」)律法学者たちの権威は、前の時代のラビたちに依存していたが、イエスさまのことばはそれらとは違ったということ。
(4:37 こうしてイエスのうわさは、周辺の地域のいたるところに広まっていった。)
聖書はサタンの活動はイエスさまの十字架と復活によって打ち破られ、すでに敗北者となっていると記している。しかも、福音書の記述は、現代の悪霊の活動を判断するための規準ではないので、仮にサタンの試みを受けることがあったとしても、人間が受けるサタンの試みをすべて経験し退けられたイエスさまが守っていて下さるので、イエスさまにお任せしていれば大丈夫なのです。