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「神様の愛の御業は妨げられない」

  • 佐々木 優
  • 2017年9月2日
  • 読了時間: 3分

2017年9月3日(日)

テキスト:ヨハネの福音書12:9~19 (新約聖書204頁)

 

○イエス様は、神様の定めた人類救済の計画のために、十字架刑において人間を贖うためにつき進んでいく。

 12~13節「祭りに来ていた大ぜいの人の群れは、イエスがエルサレムに来ようとしておられると聞いて、しゅろの木の枝を取って、出迎えのために出て行った。そして大声で叫んだ。『ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に。』」

 イエス様は過越の祭りのためにエルサレムに集まって来ていたユダヤ人の群衆に熱狂的な歓迎を受ける。群衆はイエス様をイスラエルの王と呼び、「ホサナ」、ヘブル語で「今、お救い下さい」と歓喜の声をあげた。群衆はイエス様をローマ帝国の圧政から解放するメシヤとして迎えた。


14~15節「イエスは、ろばの子を見つけて、それに乗られた。それは次のように書かれているとおりであった。『恐れるな。シオンの娘。見よ。あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。』」

 イエス様のこの行動は旧約聖書ゼカリヤ9:9の預言「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。」の成就を示す行動であった。東方においては、ろばは高貴な動物とされていて、王は戦時中には馬に乗って来るが、平和な時には、ろばに乗ったそうである。イエス様はゼカリヤの預言通りに、戦いの王としてではない王としてエルサレムに入城されたのである。


○死んだラザロを生き返らせたイエス様を一目見ようとついて行く群衆を見た祭司長、パリサイ人たちは、イエス様のみならず、証拠隠滅のためにラザロ殺害をも計画する。彼らにとっては、儀式律法を守ること、権威ある地位、富を保持することが全てであったからである。自己保身のためには残虐なことをも即座に思いつく人間の姿を尻目に、神様の人類救済の計画は進んで行くのである。その計画は、「御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つため」(ヨハネ3:16)、すべての人が神様との交わりを回復して欲しいと切に願う、生命を与えた人間一人一人を愛して止まない神様の愛の御業である。その神様の愛の御業は誰も妨げることができないのであるということを本日の聖書箇所も示している。そして、イエス様を信じて神様との交わりが回復せられた私たちを神様の愛から引き離すものも何もないと神様は約束して下さっているのである。ローマ人への手紙8:31~39「では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。 『あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。』と書いてあるとおりです。しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」

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