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「神様にはできないことはない」

  • 佐々木 優
  • 2022年7月30日
  • 読了時間: 2分

2022年7月31日(日)

テキスト:マルコの福音書11:20~25 (新約聖書91頁)


イエス様がいちじくの木に向かって、「今後いつまでも、だれもおまえの実を食べることがないように。」(14節)と言われると、翌日、イエス様と弟子たちが通りがかりにいちじくの木を見ると、その木は根元から枯れていた(20節)。この出来事は、エルサレム神殿の指導者たちに対する警告としてイエス様がなさった驚くべき御業であったが、ペテロは前日のイエス様のいちじくの木への呪いのことばを思い出し、「先生、ご覧ください。あなたがのろわれた、いちじくの木が枯れています。」と言った(21節)。

驚くペテロたちに対してイエス様は答えられた。「神を信じなさい。まことに、あなたがたに言います。この山に向かい、『立ち上がって、海に入れ』と言い、心の中で疑わずに、自分の言ったとおりになると信じる者には、そのとおりになります。」(22~23節)24節「ですから、あなたがたに言います。あなたがたが祈り求めるものは何でも、すでに得たと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。」

イエス様が明言されているので、心の中で疑わずに、自分の言ったとおりになると信じる者には、本当に、山が立ち上がって海に入るのであるが、実際には山が立ち上がって海に入るなんてことは不可能である。ではイエス様が言わんとすることは何であろうか・・。

イエス様は、山が立ち上がって海に入るようにと神様に願い求めて、心の中で疑わずに自分の言ったとおりになると信じることのできる者はいないのだということを教えて下さったのではないか・・。イエス様が教えようとされたことは、人間の信仰深さに目を向けるのではなく、神様という御方に目を向ける重要性を教えようとされたのであろう。「神様にはできないことはない」ということを・・。

山に立ち上がって海に入れという不可能に思える願いの関連で、人を赦すということが出てくる。25節「また、祈るために立ち上がるとき、だれかに対し恨んでいることがあるなら、赦しなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの過ちを赦してくださいます。」

これは、人には赦すことができないことでも、神様は赦すことができるようにして下さるということを教えている。私たちの過ちを赦すことのできる御方も神様しかいないのである。

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