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「神は愛ですの一点だけでいい」

  • 佐々木 優
  • 2025年12月28日
  • 読了時間: 2分

2025年12月28日(日)

神であり神の御子である方が完全に一人の人間となられたのがイエス・キリストの降臨でした。故に、人間には理解しにくい面が多々あったのだと思われます。

 イエスさまが12歳の時の出来事として、「しかし両親には、イエスの語られたことばが理解できなかった。」(ルカ2:50)とある。

 それは、身内の人たちもであった(マルコ3:20~22、31)。

 そして、イエスさまの郷里の人たちも(マタイ13:53~57)。

 イエスさまの宣教活動の初期頃にはイエスさまの語ることが理解できずに弟子たちが離れて行ったと記されています(ヨハネ6:66)。

 ヘブル人にとっては聖書はダビデ王朝の復興がテーマになっています。しかし、神さまはダビデ王朝復興には希望がないことを示します。旧約聖書の後半はひたすらにこのことを描き出しています。しかし、イスラエルの民衆の心はイエスさまが宣教活動をする時までほとんど変わっていませんでした(マタイ3:7~9)。

 様々な背景があって、イスラエルの民の神さまのイメージも複雑でした。

 イエスさまは12歳の時にすでに律法の専門家に話していたのだと思います。あなたがたの神さまのイメージは間違っている可能性があると・・。

 イエスさまの弟子のヨハネは晩年に言いました「神は愛です」(Ⅰヨハネ4:16)

 つまるところ聖書が示しているのはこの一点なのです。

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