「神の声を聞かせてでも伝えたかったこと」
- 佐々木 優
- 2017年9月23日
- 読了時間: 2分
2017年9月24日(日)
テキスト:ヨハネの福音書12:28 ~33(新約聖書205頁)
○28節「父よ。御名の栄光を現してください。」
「御名の栄光を現す」とは、神様がご臨在することを婉曲に示すことであった。イエス様は父なる神様にあなたがここにおられることを現して下さいと語った。そのとき、天から声が聞こえた。「わたしは栄光をすでに現したし、またもう一度栄光を現そう。」すでに神様はラザロを死人の中から生き返らせることによってご自身の栄光を現された(ヨハネ11:4、11:40~45)が、更にこの後、イエス様の十字架、復活によって栄光を現すと約束されたのである。この場にいた群衆には、天から声が聞こえるという超常現象だけで十分に神様の栄光が現れていたであろう(29節)。神様は群衆に栄光を現され、そしてその後、イエス様は群衆に、これから起こるご自分の十字架、復活のことを話された。まさに、そのことを伝えるために、神様は群衆にご自分の声を聞かせられたのである。「この声が聞こえたのは、わたしのためにではなくて、あなたがたのためにです。」(30節)
〇31節「今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。」
「この世を支配する者」とはサタンのことを指している。サタンは常に神様への敵対者であり、神様の計画を破壊しようとする者である。しかし、サタンはイエス様の十字架と復活によって打ち破られ、すでに敗北者であり(ルカ10:18、ヨハネ12:31、16:11)、その力は派生的であり(ルカ4:6)、その活動は神様が許された範囲に限られるものとなった。
○32節「わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」
「わたしが地上から上げられる」とは、イエス様の十字架・復活を指している。イエス様はご自分の十字架・復活を信じる一人一人をご自分のところに引き寄せると言われたのである。それは、イエス様を神であり罪(神様から的を外していること、及び、犯す数々の行為罪)からの救い主であると信じることによって、罪が赦され(神様からの的外れの回復と、犯す数々の行為罪の赦し)、神様との交わりの中で生きる者として下さるということである。
○神様はご自分の声を聞かせてでもイエス様の十字架・復活による人類の救いの計画を示したかったのである。このことが人間にとって何よりも重要なことだからである。