top of page

「真正直な御方が宣言して下さる私たちの命」

  • 佐々木 優
  • 2017年4月30日
  • 読了時間: 2分

更新日:2023年11月14日

2017年4月30日(日)

テキスト:ヨハネの福音書10:28~30 (新約聖書199頁)

28節「わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。」

 29節「わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。」

 イエス様は父なる神様のことを「わたしの父」と語られた。ユダヤの人たちは、神様を「わたしの父」とは言わなかった。その言葉を使う場合は、「天にいます」という修飾語をつける必要があった。しかし、イエス様はそれをつけなかった。イエス様が父なる神様を「わたしの父」と呼んだことには、ユダヤの人たちにとって誤解する余地のない明白な意味が込められていた。それは、「わたしは神と等しい存在である」ということだった。これにより、ユダヤの人たちの憎悪は燃え上がり、殺意を抱いていった。更にイエス様は「わたしと父とは一つです。」(30節)と言われた。このことばの意味するところは、イエス様と父なる神様が人格や目的が「一つ」というのではなく、「本質や性質」が一つということであった。すなわち、イエス様がわたしは神であるという主張をしたということであった。


○イエス様は、ご自身が発することばが何を意味するかを当然分かっておられた。そして、そのことばを聞くユダヤの人たちがどのような反応を起こすのかも分かっておられた。しかし、イエス様はその場の空気を読んで自分の身を安全なところに持っていこうとしたりはされない。話術を使ってその場をコントロールしようとはされない。イエス様は偽ることのできない御方、偽ることをしない御方、真正直な御方なのである。その御方が、ご自身を神であると宣言された御方が、私たちに*永遠のいのちを与えて下さり、そのいのちは神様の御手の中にあるいのちである(「わたしの手から」「父の御手から」)。故に、決して滅びることがなく、誰も主の御手の中にあるいのちを奪い去るようなことはできないと宣言して下さっているのである。

*永遠のいのちとは神様のいのちということ。それは、神様との交わりの中で生きるいのちのこと。

最新記事

すべて表示
「そのままでいいよを伝えるために」

2026年2月15日(日) テキスト:ルカの福音書4:38~44 (新約聖書117頁)   イエスさまが地上におられた時の活動の目的は 「神の国の福音を宣べ伝える」(44節) ためであったと言えるでしょう。神の国とは、一人一人の存在と尊厳がそのまま認められ、温かい寄り添いがされる場です。そしてそれを引き継いでいるのが教会です。  イエスさまは失敗や罪を責めることもなく (ヨハネ8章の姦淫の現場を押

 
 
「イエスさまが守って下さっているーサタンの活動はほとんど意識しないー」

2026年2月8日(日) テキスト:ルカの福音書4:31~37 (新約聖書116頁)   (4:31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに下られた。そして安息日には人々を教えておられた。) ナザレ(標高360m)からカペナウム(標高マイナス200m)までは下りである。カペナウムは、ガリラヤの町である。漁業の町で、ペテロとアンデレのホームタウンである。 (4:32 人々はその教えに驚いた。その

 
 
「苦難の前には神さまからの力づけがある」

2026年2月1日(日) テキスト:ルカの福音書4:20~30 (新約聖書116頁)   (4:20 イエスは巻物を巻き、係りの者に渡して座られた。会堂にいた皆の目はイエスに注がれていた。) 故郷に凱旋したイエスさまが故郷の自分たちに何を語ってくれるのかと大きな期待を持っていたのでしょう。 (4:21 イエスは人々に向かって話し始められた。「あなたがたが耳にしたとおり、今日、この聖書のことばが実現

 
 
bottom of page