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「根株から新芽が生える―人間の栄光を求めずに」

  • 佐々木 優
  • 2025年1月5日
  • 読了時間: 3分

2025年1月5日(日)

テキスト:イザヤ書11:1、10:33(旧約聖書1,185頁、1,184頁)

 イザヤは北王国イスラエルがアッシリアに滅ぼされた時、南王国ユダの預言者でした。活動期間は紀元前745~695年の約50年間。その当時、アッシリア帝国は拡大し、近隣の諸民族を併合しつつありました。イザヤがまだ青年であった頃(前734年)、アッシリアは北王国イスラエルのほとんどの民を連れ去り、その13年後(前721年)、北王国イスラエルの首都サマリアは陥落し、北王国イスラエルの残りの者が連れ去られました。イザヤは全生涯において、迫ってくるアッシリアの権力の脅威の陰で過ごしました。

 イザヤの奉仕は少し複雑でした。神さまから示された奉仕内容は、ダビデ王朝の延長線上には希望がないことを語るようにということでした。

イザヤ11章1節

11:1 エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。

「エッサイの根株から新芽が生え」これは、神さまからのリセットが必要だということを表しています。 

 このエッサイという名前ですが、ルツ記4章21節22節にこのように記されています。

4:21 サルマはボアズを生み、ボアズはオベデを生み、

4:22 オベデはエッサイを生み、エッサイはダビデを生んだ。

 ボアズはルツの夫で、エッサイはボアズの孫にあたります。そして、エッサイはダビデの父ということになります。

 この根株から新芽が生えるということばの意味ですが、人間はダビデ王朝の繁栄を期待します。しかし神さまの方法は人間がイメージするような上に伸びる方法ではなく、神さまの方法によって方向が変わる、新しく変わる、そういう展開がある。これが神さまの世界のパターンだということです。その方法は根株から新芽が生える・・ということに表されています。それは、人間が期待するようなダビデ王朝の繁栄にあるのではないということです。根株ですから大木は1度切り倒されるのです。

 イエスさまはユダ族の末裔から、そして、エッサイの根株から生まれてきました。それは、理想的な家族からではなく問題を抱えた家族、引き裂かれた傷、失敗、弱さ・・そのような系図から、そこから救い主イエス・キリストはこの地上に生まれて来られたのです。

 イスラエルの民は、見える栄光が時として幻影に過ぎないということに気づく必要がありました。そのために神さまは大木は一度切り倒す・・そういう決断をされたのではないか・・それはダビデ王朝の終焉です。そして旧約聖書の後半はひたすらこのことを描き出します。人間の立て上げた栄光は終わるのだと・・それを描くのが旧約聖書の後半です。ところがイスラエルの民はこのことも誤解しました。彼らにとっては聖書はダビデ王朝の復興がテーマになっています。しかし旧約聖書の後半の預言書を見ると、切り倒すという表現が何回も出てきます。その1つイザヤ書10章33節

10:33 見よ、万軍の【主】、主が恐ろしい勢いで枝を切り払われる。丈の高いものは切り倒され、そびえたものは低くなる。

 このみことばは厳しいように見えますが、そうではなくて現実に目を向けようよという温かいお招きだということです。ところがイスラエルの民はこう考えました。確かに今は大変だけどまたあの大木を神さまは生えさせてくださる・・ダビデ王朝は復興するというイメージを持ち続けました。しかしこのイメージも全く違っていました。一度伐採されて、その根株から新芽が出てくるのです。新芽は根株から上に向けては生えてこないのです。根株の横から生えて来るのです。

 実現不可能に見える大木を生えさせていく・・そういう理想を描くのが信仰なのではありません。理想が壊れる時そこから希望が出てくるのです。

 エッサイの根株から神さまが新芽を横から出してくださるのです。


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