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「最後まで耐え忍ぶことができる者とされている」

  • 佐々木 優
  • 2022年10月9日
  • 読了時間: 4分

2022年10月9日(日)

テキスト:マルコの福音書13:1~13 (新約聖書95頁)


 宮から出て行く時、弟子の一人が壮大な神殿の建物に感動した(1節)。

 エルサレム神殿は、最初にソロモン王が紀元前966-946年頃に建てるが、紀元前586年にバビロンの王ネブカドネツァルによって攻撃され破壊される。その後、バビロンの地で捕囚となっていたイスラエルの民が祖国ユダヤの地に帰還し、破壊されていた神殿を紀元前516年に再建する。イエス様の時代のエルサレム神殿は、ユダヤのヘロデ大王(紀元前37-34年)が建築しはじめ、紀元後62年に完成に至った、あらかたは完成していた神殿である。この神殿は、構造はソロモン神殿に基づいていたが、はるかに壮大なものであり、高さはソロモン神殿の2倍あり、おびただしい金で覆われ、日光に照らされると目がくらむほどの輝きを放ち、巨大で堅固な神殿は、永久にそこに立っているかのように見えた。しかし、イエス様は神殿の徹底的な崩壊を宣告された(2節)。

 事実、この壮大なヘロデ神殿は、この後40年足らずの間に、ローマ軍によって徹底的に破壊し尽くされ、住民は死と苦しみとを味わうこととなった。

 オリーブ山から神殿を眺めながら、弟子たちは、そのような神殿崩壊がいつ起こるのか?どのような前兆があるのかを尋ねた(3~4節)。

 イエス様は「人に惑わされないように気をつけなさい」(5節)という注意に続いて、終末のしるしを告げられた。これは直接的には紀元70年のローマ軍による神殿の崩壊を指すが、それと共に、イエス様の再臨の時、世の終わりの時のことも含まれている。

 終末には、偽キリストが出現し(「わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『私こそ、その者だ』と言って、多くの人を惑わします。」)(6節)、戦争や戦争のうわさによって世の中は騒然となり(7節)、地震と飢饉で世界は荒れ果てる(8節)。

 そして、世の中が騒然となるだけでなく、苦難の波が直接的にキリストの弟子たちに襲いかかる(9~13節)。その時クリスチャンは、議会に引き渡され、会堂で打ちたたかれ、総督たちや王たちの前に引き出され(9節)、尋問される(10~11節)。そればかりか家族の絆も断ち切られ(12節)、信仰故に世から憎まれるようになる(13節)。

 これだけでもあまりにも耐えがたい苦しみと思えるが、しかし、「これらのことは産みの苦しみの始まりです」(8節)とイエス様は言われた。これらのしるしは終わりの日が始まったしるしでしかないと・・。

 これは、ある者にとっては、生きているよりも辛く苦しいことかもしれない。しかし、このようなクリスチャンへの迫害、近親者の裏切り、殺害は避けられないのである。イエス様を信じる者とそして必ず信じない者がいるということは避けられないことなのであり、それによる迫害等が起こるのもまた避けられないことなのである。

 初代教会が成長し始めるにつれて、弟子のほとんどはイエス様が話された種類の迫害を経験した。また、その後も、クリスチャンへの迫害は現実に起こり続けてきた。しかし、迫害はクリスチャンにとって、イエス様に反対する人たちにイエス様を証しする機会ともなってきたの事実である。

 イエス様はクリスチャンへの迫害は起こるが、恐れたり、防衛的であったりする必要はないと言われる。「人々があなたがたを捕らえて引き渡すとき、何を話そうかと、前もって心配するのはやめなさい。ただ、そのときあなたがたに与えられることを話しなさい。話すのはあなたがたではなく、聖霊です。」(11節)

 聖霊がそこにいて、話すための適切なことばを与えてくださるからだとイエス様は言われた。

 ある註解者は述べている。「最後まで耐え忍ぶことで救いがもたらされるのではない。最後まで耐え忍ぶことは、私たちがすでに救われていることのしるしなのである。救いの確信は、迫害の時に私たちを最後まで強くする。」と。

 イエス様は神様のご計画に従っていつかは必ずこの地上に戻って来られる。イエス様はその前兆を教えて下さった。そのための心備えができるようにと・・。そしてその心備えは、「最後まで耐え忍ぶことができる者とされている」という感謝である。


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