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「救いの妨害に憤怒するイエス様」

  • 佐々木 優
  • 2017年7月15日
  • 読了時間: 3分

2017年7月16日(日)

テキスト:ヨハネの福音書11:30~38 (新約聖書202頁)

 

33~35節「そこでイエスは、彼女が泣き、彼女といっしょに来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になると、霊の憤りを覚え、心の動揺を感じて、言われた。『彼をどこに置きましたか。』彼らはイエスに言った。『主よ。来てご覧ください。』イエスは涙を流された。」

 愛するマルタ・マリヤが悲しみのどん底にあり、マリヤが泣き続けている姿に、イエス様はおもわず涙を流されたのであろう。イエス様はマルタ・マリヤの悲しみ苦しみに、まず、同情される御方であり、そして、励まそうとされる御方なのである。


〇本日の聖書箇所には、まず、同情してくださるイエス様の姿と共に、もう一つのイエス様の姿が描かれている。それは、「霊の憤りを覚え」(33節)「またも心のうちに憤りを覚えながら」(38節)ということばから察することができる。「憤り」と訳したギリシャ語エンブリマオマイは、他に、「きびしく戒める」「きびしく責める」「憤怒する」「ひどく憤慨する」「憤激・立腹する」と訳すことができる。いずれにしても、著者ヨハネが、イエス様の激しく怒るような有様を描こうとしてこの エンブリマオマイということばを使ったものと考えられる。では、イエス様は何に対して憤怒されたのであろうか。33節では、「彼女が泣き、彼女といっしょに来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になると、霊の憤りを覚え」たとある。37~38節では、「しかし、『盲人の目をあけたこの方が、あの人を死なせないでおくことはできなかったのか』と言う者もいた。そこでイエスは、またも心のうちに憤りを覚えながら」とある。すなわち、ユダヤの人たちがイエス様を神であると信じないということが背景にある。しかし、福音書に記されるイエス様の姿から判断すると、ここで信じないユダヤの人たちに対してイエス様が憤怒されたとは考えにくい。だとすると何に対して憤怒されたのかと考えると、サタン(*1)に対して憤怒されたのだと考えられる。イエス様はラザロを死人の中から生き返らせることを通して、神の栄光(*2)を現し、人々がイエス様を神であると認めて信じてもらいたいと思われた。聖書は、イエス様がもう一度この地上に来られる時、イエス様を神であり、罪(*3)からの救い主であると信じていて亡くなった者たちをよみがえらせると述べている(Ⅰコリント15:20~58、Ⅰテサロニケ4:13~18)。イエス様は、ラザロをその先例として生き返らせようとされた。サタンはこのことをユダヤの人たちに信じさせまいと働きかけていたものと考えられる。イエス様はそのサタンに対して憤怒された。私たちも人々に福音(*4)を伝えようとする時、サタンの妨げがある(参考:使徒13:10、Ⅰテサロニケ2:18)。しかし、その時、イエス様がサタンに憤怒して下さっていることを覚えながら、福音を伝える者でありたい。

 

 

*1 サタンとは、常に神への敵対者であり、神の計画を破壊する者。しかし、サタンは、イエス様の十字架と復活によって打ち破られ、すでに敗北者であり(ルカ10:18、ヨハネ12:31、16:11)、その力は派生的であり(ルカ4:6)、その活動は神が許された範囲に限られる(ヨブ1:12、2:6)。

*2 栄光とは、人類を贖い出す神の御業と関係のある内容を表すことば

*3 罪からの救いとは、イエス様を神であり罪(神様から的を外していること、及び、犯す数々の行為罪)からの救い主であると信じることによって、罪が赦される(神様からの的外れの回復と、犯す数々の行為罪の赦し)こと。

*4 福音とは、イエス様を神であり罪(神様から的を外していること、及び、犯す数々の行為罪)からの救い主であると信じることによって、罪が赦され(神様からの的外れの回復と、犯す数々の行為罪の赦し)、神様との愛の交わりの関係に戻ることができるという神様から人間への愛のメッセージ。

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