「批判、悪意をもって人が臨んで来る時」
- 佐々木 優
- 2024年2月10日
- 読了時間: 3分
2024年2月11日(日)
テキスト:詩篇23篇5節前半 (旧約聖書954頁)
5節前半「私の敵をよそにあなたは私の前に食卓を整え頭に香油を注いでくださいます。」
本日はこの箇所から学びたいと思います。
「敵」と訳されていることばは、「自分に悪意をもって臨んで来る人、自分を批判する人」このような感じのことばだそうです。
「敵をよそに」の「よそに」は、「前に」と訳すものもありますが、「何々に対して」「何々の反対側に」という意味もあるそうです。
ですので、「私の敵をよそにあなたは私の前に食卓を整え」とは、このような意味になるそうです。「批判を受ける時、悪意をもって人が臨んで来る時、神様はそういう人のやり方とは反対に、そういう時こそ、豊かな糧をもって私を養って下さいます。」
「香油」とは、オリーブオイルのような香りのする油で、旧約聖書においてこの香油は特別な場面で使われました。第一サムエル16:13にはこのように記されています。「サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中で彼に油を注いだ。主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。サムエルは立ち上がってラマへ帰って行った。」本日の詩篇23:5に出て来ることばは、ダビデに香油を注いだ第一サムエル16:13のことばと同じです。そして、サウル王やソロモン王に油を注いだ時も同じことばが使われています。すなわち、旧約聖書で頭に油を注ぐ行為は、有資格者であることの宣言であり、その人の存在意義が明確にされるということでした。
この詩篇の著者ダビデは、老年になって自身の生涯を回顧してこの詩を記したと考えられますが、「私の敵をよそにあなたは私の前に食卓を整え頭に香油を注いでくださいます。」ということばも、ダビデが命の危険にさらされた時(ダビデの先の王サウル王、そして息子アブサロムに命を狙われた)のことを回顧して記したのではないでしょうか・・。ダビデを批判し、悪意をもって臨んで来た時、神様はそういう人のやり方とは反対に、事を動かして下さった。そして神様はダビデにあなたに王様の資格を与えたのはわたしだよと再確認させて下さったのだと思います。そのようなダビデの人生の危機の時にこそ、神様は心に豊かな糧をもって養って下さっていたと回顧したのだと思います。
私たちにとっての存在意義は、私たちが元気に生きていることが神様にとって一番の幸せであり喜びであるということです。
私たちの人生にも私たちに故もなく批判をし、悪意をもって臨んで来る人がいるでしょう。その時、神様はダビデに働きかけたように私たちにも働いて下さいます。
ローマ人への手紙12:17~21にはこのように記されています。
12:17 だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人が良いと思うことを行うように心がけなさい。
12:18 自分に関することについては、できる限り、すべての人と平和を保ちなさい。
12:19 愛する者たち、自分で復讐してはいけません。神の怒りにゆだねなさい。こう書かれているからです。「復讐はわたしのもの。わたしが報復する。」主はそう言われます。
12:20 次のようにも書かれています。「もしあなたの敵が飢えているなら食べさせ、渇いているなら飲ませよ。なぜなら、こうしてあなたは彼の頭上に燃える炭火を積むことになるからだ。」
12:21 悪に負けてはいけません。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。
「神様がして下さる」・・・と、神様にゆだねて(神様に重荷を放り投げて)歩むお互いでありたいと思います。