「懇ろに示し続けて下さる神様」
- 佐々木 優
- 2023年8月19日
- 読了時間: 3分
2023年8月20日
テキスト:ヨナ書2:9~3:10(旧約聖書1,578頁)
2章9節「しかし私は、感謝の声をあげて、あなたにいけにえを献げ、私の誓いを果たします。救いは主のものです。」
ヨナは命の危機から救い出して下さった神様に心からの感謝をし、預言者として生きていくと誓い、その活動をしていったことの再確認をしたのであろう。
魚の腹から吐き出されてからどれくらいの月日が経ったのかは定かでないが、 「再びヨナに次のような主のことばがあった。」(1節)「立ってあの大きな都ニネベに行き、わたしがあなたに伝える宣言をせよ。」(2節)
ヨナは1日中歩き回り、「あと四十日すると、ニネベは滅びる。」(4節)と叫び続けた。
5節~9節「すると、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者から低い者まで粗布をまとった。このことがニネベの王の耳に入ると、彼は王座から立ち上がって、王服を脱ぎ捨てて粗布をまとい、灰の上に座った。そして、王と大臣たちの命令によって、次のような布告がニネベに出された。『人も家畜も、牛も羊もみな、何も味わってはならない。草をはんだり、水を飲んだりしてはならない。人も家畜も、粗布を身にまとい、ひたすら神に願い、それぞれ悪の道と、その横暴な行いから立ち返れ。もしかすると、神が思い直してあわれみ、その燃える怒りを収められ、私たちは滅びないですむかもしれない。』」
ヨナの宣教を聞いて、ニネベの人々は悔い改めの態度を示した。断食をし、すべての人が粗布を着た。粗布は、当時、悲しみに暮れる時に着る服であった。断食、粗布、灰の上にすわるという行為はすべて悔い改めの印であった。ニネベの人々は家畜にも悔い改めを命じたが、これは彼らが徹底的に悔い改めたことを表している。ニネベの人々は、神様を恐れ、そして、神様の赦しのわずかな可能性に賭けたのである。
すると、10節「神は彼らの行いを、すなわち、彼らが悪の道から立ち返ったのをご覧になった。そして神は彼らに下すと言ったわざわいを思い直し、それを行われなかった。」
神様は人を用いて宣教の業をなさる御方である。ヨナは命の危機から救われ、預言者としての自分の使命も再認識したであろうが、しかし、ヨナにとってはアッシリアは、悪行に満ちた国、神様から滅ぼされてしかるべき国、イスラエルにとっては脅威の国、憎むべき敵国であるという、ヨナのその思いは簡単には変わらなかったであろう。
しかし、ヨナの心が神様の御思いと完全に一致せずとも、ヨナが神様の御心(ニネベの人をも滅びることを望まない)に歩み出していく中で、神様という方は、「わざわいを思い直される方」であるということも段々に知っていたのであろう。
神様はヨナをロボットのように扱うことはされない。ヨナが預言者だからということで強制的に神様のことばを語るようにとはされない。ヨナの尊厳を大切にしながら、ヨナに知ってほしいことを段々に示していかれる御方なのである。