「快楽自体を目的とした結果」
- 佐々木 優
- 2023年11月5日
- 読了時間: 3分
2023年11月5(日)
テキスト:伝道者の書2:1~11(旧約聖書1,139頁)
1章16節「今や、私は、私より前にエルサレムにいただれよりも、知恵を増し加えた。私の心は多くの知恵と知識を得た。」と語ったソロモンは、人間の知識と知恵との限界を認め、今度は快楽の追求によって人生の意義を見出そうとした。
2章1節「さあ、快楽を味わってみるがよい。楽しんでみるがよい。」と自分に語りかけ、実際に試したのである。
2節、3節では、快楽を得るための笑いも、快楽を得るためのぶどう酒も、快楽自体を目的とし追求してもそれは無益であると知りながらも、人生の意義を見出すまでは、あえてこの愚かしい行為に身を任せようと述べている。
ソロモンは、13年もかけて驚くほど豪華な宮殿を自分と自分の妻であるエジプトの王女のために建て、自分のために、ぶどう畑や広大な庭園を造り、自分のために奴隷や家畜を増やし、自分のために金銀や諸国の宝物を集め、自分のために音楽家を雇ったばかりか、700人の妻をめとり、300人のそばめを置くという贅沢をした(Ⅰ列王記7~11章)。
ソロモンは、自分の目の欲するものは何でも拒まず、心の赴くままに、あらゆる楽しみをしたとある。ソロモンは人の世の快楽を得るためには労苦をもいとわなかった(10節)。
11節「私は自分が手がけたあらゆる事業と、そのために骨折った労苦を振り返った。見よ。すべては空しく、風を追うようなものだ。日の下には何一つ益になるものはない。」
労苦をもいとわず得た快楽も、手に入れてしまうと、すべては空しく、風を追うようなものであったと告白している。
そして自分の目の欲するものは何でも拒まず、心の赴くままに、あらゆる快楽の追求をした弊害も数多くあった。住民には重い税金を課せ、近隣の国々の人々には強制労働を課せ、人々の恨みを買い、そればかりか、多くの異邦人妻たちの声に耳を貸した結果、創造主の怒りを買うような偶像崇拝にも走ってしまったのである。
本日の聖書箇所は、快楽を追求することを勧めているのではない。快楽自体を目的とし、追求しても、そこにはやはり空しさがあったことが述べられている。
このようにしてソロモンが人間の心に関しての壮大な実験結果を残してくれたことによって、快楽自体を目的として求めた結果として残るものは空しさだったと私たちに示してくれた。
しかし、私たちが自力で快楽自体を目的としようとする思いを制御することはできないであろう。やはり御霊なる神様の助けを頂きながらでしか制御できないであろう。
御霊なる神様は、私たちに禁止命令ではなく、快楽自体を目的としようとするのも今でもあなたの自由ですよ。ただ、もう、そのことで自尊心を保とうとしなくても大丈夫ですよと示して下さいます。
「あなたは正しすぎてはならない。自分を知恵のありすぎる者としてはならない。なぜ、あなたは自分を滅ぼそうとするのか。」(伝道者の書7:16)
このホッとさせて下さる、やさしい神様のことばを自分に語りながら、与えられた人生を歩み続ける者でありたいと思います。