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「律法学者・パリサイ人の義にまさる義とは」

  • 佐々木 優
  • 2025年1月26日
  • 読了時間: 1分

2025年1月26日(日)

テキスト:マタイの福音書5:17節、20節(新約聖書7頁)


 17節「わたしが律法や預言者を廃棄するために来た、と思ってはなりません。廃棄するためではなく成就するために来たのです。」

 イエスさまは律法を否定するためではなく成就するために来られました。他方、人間は律法を自分で達成することはできません。ですが、20節には「律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の御国に入れません。」と記されています。

 律法学者・パリサイ人の義以上の義はどうすれば私たちのものになるのか? 

 神の国に入るためには律法学者・パリサイ人の義ではなく、律法学者・パリサイ人の義にまさるもの、すなわち、律法の本来の主旨である「愛と信頼に基づく神さまの自己開示だという受け止め」に戻る方が楽なのです。律法は神さまに受け入れられるための基準ではないからです。


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