top of page

「大変な思い違い」

  • 佐々木 優
  • 2022年9月4日
  • 読了時間: 3分

2022年9月4日(日)

テキスト:マルコの福音書12:18~27 (新約聖書93頁)


 18節「また、復活はないと言っているサドカイ人たちが、イエスのところに来て質問した。」

 サドカイ人は、当時のユダヤ教諸派の中では少数派であったが、貴族階級に属し、彼らから大祭司が選ばれた。彼らは、モーセ五書(創世記~申命記)だけを権威ある神の言葉として受け入れ、預言書や諸書、口伝律法を軽視し、たましいの不滅も死人の復活も否定していた。彼らは人間の論理を尊重し、霊的実在を信じなかった。

 申命記25:5~10によれば、子どものいない夫が死ねば、その夫の兄弟、あるいは最近親者がその未亡人を妻にして子孫を残さなければならない(19節)とある。

 サドカイ人はイエス様に質問をした。20節~23節「さて、七人の兄弟がいました。長男が妻を迎えましたが、死んで子孫を残しませんでした。次男が兄嫁を妻にしましたが、やはり死んで子孫を残しませんでした。三男も同様でした。こうして、七人とも子孫を残しませんでした。最後に、その妻も死にました。復活の際、彼らがよみがえるとき、彼女は彼らのうちのだれの妻になるのでしょうか。七人とも彼女を妻にしたのですが。」

 サドカイ人は、復活がいかに非現実的かつ非合理的なものであるかということを証明しようとしたのである。

 それに対しイエス様は答えた。24節「あなたがたは、聖書も神の力も知らないので、そのために思い違いをしているのではありませんか。」25節「死人の中からよみがえるときには、人はめとることも嫁ぐこともなく、天の御使いたちのようです。」

 これは、来るべき御国においては配偶者を判別できないという意味ではなく、神様の新しい秩序は、この世の延長ではなく、来るべき御国のその時は、人は御使いのような霊的な存在に変えられるということを示された。

 そして、モーセ五書しか信じていなかった彼らなので、イエス様は出エジプト記3:6を引用された。その箇所は、神様が、アブラハム、イサク、ヤコブについて、その時、彼らが死んで何年も経っているにもかかわらず、今もなお生きているということを示した箇所であった。イエス様はそのみことばを示すことにより、肉体の死を迎えても、たましいは不滅であることを示された(26節)。

 27節「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神です。あなたがたは大変な思い違いをしています。」

 サドカイ人がモーセ五書のみが聖書であるとしたことは、当時の聖典理解としてはやむを得ない面があったであろう。しかし、彼らが「聖書も神の力も知らなかった」のは、人間の知恵、知識に固執した結果だったと言えるのではないか・・。

 霊的なことを否定していた彼らが、神様との生きた交わりも希薄となっていたということは言えるであろう。

最新記事

すべて表示
「ありのままを訴える」

2026年1月11日(日) テキスト:詩篇55:1~23 (旧約聖書988頁)     この詩篇の作者ダビデは、死と隣り合わせの逃亡生活を続けざるを得なくなった時、同族の者たちからも裏切られました。そのような危機的な状況の中の心境を記した詩篇は、恐怖におびえた心を、迫害者に対しての苦々しい思いを、そのまま神さまにさらけ出しているのです。   1~3節「神よ私の祈りを耳に入れ私の切なる願いに耳を閉ざ

 
 
「素のままの詩篇が好きだったイエスさま」

2026年1月4日(日) テキスト:詩篇22:1~18(旧約聖書952頁)    神であり神の御子である方が完全に一人の人間となられたのが、地上におられた時のイエス・キリストでした。 ヘブル人への手紙の著者は、イエスさまの生き方を 「キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに聞き入れられました。」

 
 
「将来と希望を与える計画」

2026年1月1日(木・元日) テキスト:エレミヤ書29:11(旧約聖書1,344頁)    エレミヤは、南王国ユダの預言者として紀元前627年から583年頃まで活動しました。この時代は、南ユダが崩壊し、民はバビロンに捕らえ移されるという、イスラエル史において、最も暗い、悲劇的な時代でした。  エルサレムの崩壊、南ユダ王国の滅亡は、住民たちにとっては、住み慣れた故郷を離れて遠い遠い、異邦の地バビロ

 
 
bottom of page