「信じるに値するイエス・キリストの復活」
- 佐々木 優
- 2022年4月16日
- 読了時間: 4分
2022年4月17日(日)
テキスト:マタイの福音書27:62~28:15(新約聖書63頁)
死んだ人が生き返ったなどということは普通は簡単に信じられるものではないだろう。信じるにはそれ相応の信じるに値する証拠が必要である。
イエス・キリストは、私たちの罪のために(ローマ4:25)十字架にかかり死なれたが、三日目に復活された。その復活の証拠はイエス・キリストの復活を証言している証人たちであり、その証言録が聖書でもある。
マタイの福音書28:1~4にはこう記されている。「さて、安息日が終わって週の初めの日の明け方、マグダラのマリアともう一人のマリアが墓を見に行った。すると見よ、大きな地震が起こった。主の使いが天から降りて来て石をわきに転がし、その上に座ったからである。その姿は稲妻のようで、衣は雪のように白かった。その恐ろしさに番兵たちは震え上がり、死人のようになった。」
マタイ27:66には「そこで彼らは行って番兵たちとともに石に封印をし、墓の番をした。」とある。その封印はローマの権力と権威を表わす印であった。墓の入口から石を動かすためには封印を破らなければならず、封印を破ればローマの法律によって逆さ十字架の刑に処せられることになっていた。しかし警備にあたっていた番兵たちは逃げ去ってしまったのである。
聖書は、番兵たちは事の次第を祭司長たちに報告したが、祭司長たちは長老たちとともに集まり協議をし、兵士たちに多額の金を与えて、こう述べたと記している。「『弟子たちが夜やって来て、われわれが眠っている間にイエスを盗んで行った』と言いなさい。もしこのことが総督の耳に入っても、私たちがうまく説得して、あなたがたには心配をかけないようにするから。」(27:13~14)
28:15、そこで、彼らは金をもらって、言われたとおりにした。それで、この話は今日までユダヤ人の間に広まっている。
本日の聖書箇所は、イエス・キリストの復活の証言録の一部である。
コリント人への手紙第一15章3節~6節にはこのように記されている。「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケファに現れ、それから十二弟子に現れたことです。その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中にはすでに眠った人も何人かいますが、大多数は今なお生き残っています。」
イエス・キリストはまずケファ(イエス・キリストの一番弟子ペテロ)に現れた。それから十二弟子に現れ、その後、五百人以上の人々に一度に現れたこともあり、その人々は、コリント人への手紙が書かれた紀元五十年頃にはまだ大勢生き残っていたのである。彼らの証言が嘘ではないことは、彼らがその復活を最初から宣べ伝え、それゆえに殉教したことからも分かる。彼らは復活の証言を取り消すくらいなら、喜んで死を選んでいったのである。
今日のキリスト教会は、イエス・キリストの復活の証人からはじまり増え広がっていった。
信じるに値するイエス・キリストの復活を信じた私たちは、「自分の罪が赦され、義と認められたと確信」(ローマ4:25「主イエスは、私たちの背きの罪のゆえに死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられました。」)し、復活のイエス・キリストのいのちにあって新しい歩みをし(ローマ6:4「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、ちょうどキリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、新しいいのちに歩むためです。」)、イエス・キリストの再臨の時に新しいからだを与えられて復活させられる希望を持って生きていくことができるのである。(ピリピ3:20~21「しかし、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、私たちは待ち望んでいます。キリストは、万物をご自分に従わせることさえできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自分の栄光に輝くからだと同じ姿に変えてくださいます。」)