「人間関係の問題もイエスさまにやって頂く」
- 佐々木 優
- 3月23日
- 読了時間: 2分
2025年3月23日(日)
テキスト:マタイの福音書7:1~12(新約聖書11頁)
7:1「さばいてはいけません。自分がさばかれないためです。」
このみことばは、「さばくな」と私たちを律するみことばではなく、弱い私たちに対する共感と温かい目線が含まれているのだと考えられます。
イエスさまのおっしゃり方には、ユーモアのセンスがあったと言われたりします。断定はできませんが、マタイ6:26や6:34などもその例だと考えられます。7:1もイエスさまのユーモアたっぷりのおっしゃり方ではないかと・・。つまり、「自分に正直になってみたら、さばかないで生きることはできないでしょう」という含みでおっしゃっているのです。そこに温かさがあるのです。
本日の箇所でイエスさまが伝えようとされた中心的なことは、自分を絶対化して相手を抹殺するまで追い込むのはよくない。相手を抹殺するほどに自分を絶対化しないようにと・・。自分を絶対化するとは、自分の梁に気づかないで相手のちりを指摘するあり方です。
自分を見ようとせずに人を抹殺するくらいまで批判し続けると、隠れたところをご覧になる神さまを排除してしまう可能性があるからです。
その流れで7章7節のみことばを見ますと、7章12節でもまだ人間関係がテーマになっているので、「求めなさい」というのは、人をさばくことと関係して語られていることになります。すなわち、「求めなさい」というお勧めは、神さまの隠れたところを大切に、人間関係のことも、神さまの隠れた世界に持って行くことを勧めているのだと考えられます。
人間関係も自分ではコントロールできないのが現実だと思います。そのような現実の問題も、神さまの隠れたところと関係があるのです。ですので、自分でやるのではなく神さまが豊かに働いて下さると受け止めていくことをイエスさまはお勧めするのです。