top of page

「フェアな関係を築こうとされたイエスさま」

  • 佐々木 優
  • 2024年12月4日
  • 読了時間: 2分

2024年12月8日(日)

テキスト:ピリピ人人への手紙2:6~8(新約聖書396頁)


 ピリピ人への手紙2:6~8

2:6 キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、

2:7 ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、

2:8 自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。

 神であり神の御子であるイエスさまは完全に一人の人間となられ、この地上に生まれて下さいました。イエスさまは人間となるということで、生まれて来る環境を選べず、また、親の不理解への葛藤も経験されました。

 イエスさまが12歳の時の出来事として、「しかし両親には、イエスの語られたことばが理解できなかった。」(ルカ2:50)とあります。イエスさまは神でもあるが故に理解されにくい面が両親のみならず、兄弟たち(マタイ13:55、56)にもあったのでしょう。

 聖書は、「自分の子どもたちを怒らせてはいけません。」(エペソ6:4)と語りますが、このことばは「あなたの父と母を敬え」(出エジプト20:12)ということばよりも何倍も重要だと言われます。なぜならば、親子はもともとフェアな関係ではないからだと・・。子どもは親を選べません。子どもの側からすれば、生むことをお願いして契約関係を結んで生まれて来たのではないからです。

 親が子どもに何かを要求するためには、まず親の側が親子の関係をフェアで対等な関係に戻す必要があるとも言われます。それなしに親が子どもに要求すれば、子どもの側には不当に要求されたというしこりが残ると言われます。

 親が子どもとフェアで対等な関係になるためには、親の側が子どもを無条件に受容する必要があると・・。それを10年20年とやって初めて、子どもは親と対等になれると・・それが聖書の愛であると・・。

 100%神であるイエスさまは100%人間となってこの地上に生まれて下さいました。それは、私たち人間と対等な関係であることを示して下さったのではないでしょうか?

 モーセの律法は、愛と信頼に根幹を置き、そこから人格対人格の温かい関係が始まって行くということが主点でした。イエスさまは人間とそのような関係を築きたいとして対等でフェアな関係を築くためのスタート地点に降りてきて下さったのではないでしょうか・・。


最新記事

すべて表示
「そのままでいいよを伝えるために」

2026年2月15日(日) テキスト:ルカの福音書4:38~44 (新約聖書117頁)   イエスさまが地上におられた時の活動の目的は 「神の国の福音を宣べ伝える」(44節) ためであったと言えるでしょう。神の国とは、一人一人の存在と尊厳がそのまま認められ、温かい寄り添いがされる場です。そしてそれを引き継いでいるのが教会です。  イエスさまは失敗や罪を責めることもなく (ヨハネ8章の姦淫の現場を押

 
 
「イエスさまが守って下さっているーサタンの活動はほとんど意識しないー」

2026年2月8日(日) テキスト:ルカの福音書4:31~37 (新約聖書116頁)   (4:31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに下られた。そして安息日には人々を教えておられた。) ナザレ(標高360m)からカペナウム(標高マイナス200m)までは下りである。カペナウムは、ガリラヤの町である。漁業の町で、ペテロとアンデレのホームタウンである。 (4:32 人々はその教えに驚いた。その

 
 
「苦難の前には神さまからの力づけがある」

2026年2月1日(日) テキスト:ルカの福音書4:20~30 (新約聖書116頁)   (4:20 イエスは巻物を巻き、係りの者に渡して座られた。会堂にいた皆の目はイエスに注がれていた。) 故郷に凱旋したイエスさまが故郷の自分たちに何を語ってくれるのかと大きな期待を持っていたのでしょう。 (4:21 イエスは人々に向かって話し始められた。「あなたがたが耳にしたとおり、今日、この聖書のことばが実現

 
 
bottom of page