「クリスチャンに与えられている富」
- 佐々木 優
- 2022年6月18日
- 読了時間: 3分
2022年6月19日(日)
テキスト:マルコの福音書10:28~31(新約聖書88頁)
地位も名誉も、そして、多くの財産を持っていた青年は、律法を守りきっていると自負していた。しかし、何か満たされない心の欠乏に対する探究心から、彼は、「永遠のいのちを受け継ぐためには、何をしたらよいでしょうか。」(10:17)とイエス様に質問した。それに対してイエス様は、「戒めはあなたも知っているはずです。『殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽りの証言をしてはならない。だまし取ってはならない。あなたの父と母を敬え。』」(19節)と答えた。すると彼は、それらは少年のころからすべて守ってきたと応える(20節)。そんな彼にイエス様はいつくしんで言われた。「あなたに欠けていることが一つあります。帰って、あなたが持っている物をすべて売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を持つことになります。そのうえで、わたしに従って来なさい。」(21節)
22節「すると彼は、このことばに顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。多くの財産を持っていたからである。」多くの財産を持っている彼が、「持っている物をすべて売り払い、貧しい人たちに与え」るということは容易なことではなかった。
イエス様は、「あなたが持っている物をすべて売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を持つことになります」と言われ、永遠のいのちが与えられるとは言わなかった。
イエス様は彼に、人が永遠のいのちを自分のものとして受けることができるのは、人の行いではなく、ただ神様の御業以外にはないということを教えようとされたのである。
富める青年とのやりとりを聞いていたペテロが弟子たちを代表するように言った。「ご覧ください。私たちはすべてを捨てて、あなたに従って来ました。」(28節)マタイの福音書では「私たちは何をいただけるでしょうか。」(マタイ19:27)と言っている。ペテロも富める青年と同じような考え方をしていたのであり、自分の払った犠牲の大きさに応じて神様からの報いがあるはずだと考えていた。
イエス様はペテロたちに言われた。「まことに、あなたがたに言います。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子ども、畑を捨てた者は、今この世で、迫害とともに、家、兄弟、姉妹、母、子ども、畑を百倍受け、来たるべき世で永遠のいのちを受けます。」(29~30節)
イエス様のために、福音のために、「家、兄弟、姉妹、母、父、子ども、畑を捨てた者」とは、イエス様の贖いの十字架・復活を信じることによって罪赦され、永遠のいのちを得たクリスチャンのことを指している。そのクリスチャンは、この世にあって迫害も受けるが、「家、兄弟、姉妹、母、子ども、畑を百倍受け」すなわち、この世では得ることのできない神の家族による祝福や、神様からの様々な祝福があり、来たるべき世(イエス様の再臨の時)では、永遠のいのちを受けることの約束をして下さった。
31節「しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になります。」
「先にいる多くの者」とは、本日の箇所で記されている富める青年のことを指し、「後にいる多くの者」とは、イエス様の弟子たちであり、また、「子どものように神の国を受け入れる」(10:15)子どもたちのような者を指している。それは、人の行いでは得ることのできない罪の赦し、永遠のいのちを得る者たち、神様からの恵みの福音を受け入れる者たちのことを指している。その者たちは、神様から与えられる恵みの富を持っているのである。