「イエス様のこの上ない喜び」
- 佐々木 優
- 2022年10月29日
- 読了時間: 3分
2022年10月30日(日)
テキスト:マルコの福音書14:12~16 (新約聖書98頁)
過越の祭りとは、ユダヤ人の先祖が紀元前千数百年の昔にエジプトでの過酷な苦役の奴隷状態から、神様の奇跡的な御業によって解放されたことを記念して守られてきた祭りである。その祭りは、約270万人もの巡礼者が殺到するというような盛大な祭りであった。成人に達したユダ人の男子で、エルサレム近隣24キロ以内に住む者は、すべて過越の祭りに出るように法律で定められていた。しかし、一生に一度でもエルサレムの過越の祭りに出ることは、ユダヤ人であれば誰もが願うことだった。
過越の祭りの時になると、ユダヤ人はまず過越の食事をして、それから一週間、種なしパンの祝いの期間を過ごした。種なしパンの祭りとは、出エジプトの時、ユダヤ人がエジプトから急いで脱出したことを思い起こさせる祭りである。脱出の時、彼らはパンを膨らませる時間がなかったため、イースト(パン種)を入れずにパンを焼いた。
過越の祭りを祝う過越の食事は、次のような順序でなされていたということである。①家族や友人たち一同が集まって食卓に着く。②食物への祝福が祈られた後で、水で薄められた最初のふどう酒を一杯飲む。③エジプトでの苦しみの記念として苦菜を食べる。④父親もしくはテーブルの長が、普通は長男の質問に答えて、出エジプト12:6以下をもって、過越の物語を語る。⑤次いで全員が詩篇113、114篇を歌い、手を洗ってから2回目のふどう酒を飲む。⑥その次に過越の食事がとられる。中心が子羊で、これに、先祖が急いで食べたパンを記念して種入れぬパンが添えられる。⑦食事が終わると、3回目の杯が食事の感謝の後に回される。⑧最後に詩篇115-118篇が歌われる。そして4回目の杯がある。
13~16節のエピソードは、エルサレム入京の時の状況と似ている。イエス様は事前に、どのようにして過越の食事をするかの取り決めをされていたのであろう。
イエス様はナザレの町に住んでおられた頃から、おそらく毎年、約100キロ離れていたエルサレムに過越の祭りを祝いに訪れていたと考えられる。
ルカの福音書を見るとこう記されている。「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたと一緒にこの過越の食事をすることを、切に願っていました。」(ルカ22:15)
イエス様はなぜ、この時の過越の食事を特別に楽しみにしておられたのであろうか。ユダヤ人は神様が我々を救ってくださった御業に感謝し、また、その御業を忘れないようにと、毎年、盛大な過越の祭りを祝ってきた。イエス様は神様の人類救済の御業を祝うその時を心から喜んでおられた。そして、いよいよ神様の人類に対する救いの集大成である十字架による人類の贖いの計画がなされようとしていることを心から喜んでおられたに違いない。まさしく最後の過越の食事だったのである。
そして、三年半余りの年月を寝食共に過ごした愛する弟子たちと共に食する地上における最後の過越の食事をとることに深い感慨の思いがあったのであろう。
しかし、このすぐ後に、イスカリオテのユダの裏切り行為が行われるであろうこと、イエス様の捕縛に際して弟子たちはみなイエス様を見捨てて逃げてしまうこと、ペテロが自分の捕縛を恐れイエス様のことを三度知らないと言ってしまうこと、それらのことをご存知であったイエス様のことを思うと、それでいても、ご自分が釘づけの十字架刑にかけられていくことを喜んでおられるイエス様の姿は人知を超えていると言えるのではないか・・。
ヘブル人への手紙12:2にはこう記されている。「この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。」
イエス様は、人が罪から救われることを、この上ない喜びとしていたのである。