「わたしは、よみがえりです。いのちです。」
- 佐々木 優
- 2017年6月24日
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2017年6月25日(日)
テキスト:ヨハネの福音書11:25~26 (新約聖書201頁)
〇イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」(25節)この後、イエス様はラザロを生き返らせる。生前ラザロはイエス様を神であると信じていたということである。故に、「わたしを信じる(信じている)者は、死んでも生きるのです。」とのことば通り、ラザロは生き返らせられた。聖書は、イエス様がもう一度この地上に来られる時、イエス様を神であり、罪(*1)からの救い主であると信じていて亡くなった者たちをよみがえらせると述べている(Ⅰコリント15:20~58、Ⅰテサロニケ4:13~18)。ラザロはその先例として生き返らせられたのである。
〇26節「また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」「決して死ぬことがありません」とは、肉体の死のことを述べているのではない。この肉体は、神様が最初の人間アダムを創造した初めの時から、不滅のものとして造られたのではない。人間が死ぬということは、肉体と魂との分離であるが、生きていてイエス様を神であり、罪からの救い主であると信じている者は、死を迎えても、魂は神様と共に生き続けるということをイエス様は述べられたのである。
〇今、現在、イエス様を信じている者は、その魂は神様と共に生きているものである。その者は死んでも魂は神様と共に生き、また、イエス様の再臨の時には新しい体が与えられ、体と魂共々に神様と共に生き続けるのである。「わたしは、よみがえりです。いのちです。」イエス様は、人間の体と魂に関する全権をもっておられるのである。
*1 罪からの救いとは、イエス様を神であり罪(神様から的を外していること、及び、犯す数々の行為罪)からの救い主であると信じることによって、罪が赦される(神様からの的外れの回復と、犯す数々の行為罪の赦し)こと。