「わたしが自分からいのちを捨てるのです」
- 佐々木 優
- 2023年3月18日
- 読了時間: 3分
2023年3月19日(日)
テキスト:マルコの福音書15:22~32(新約聖書103頁)
(22節:彼らはイエスを、ゴルゴタという所(訳すと、どくろの場所)に連れて行った。)
処刑場のある丘は、居住区から離れた場所にある「どくろの場所」という所であった。その丘が頭蓋骨の形をしていたのでそう呼ばれたのか、古くから埋葬地であったためなのか、由来ははっきりしないが、今日の聖墳墓教会のある場所が有力視されている。
(23節:彼らは、没薬を混ぜたぶどう酒を与えようとしたが、イエスはお受けにならなかった。)
没薬を混ぜたぶどう酒は感覚を麻痺させるためのものでありイエス様はそれを拒否された。
(24節:それから、彼らはイエスを十字架につけた。そして、くじを引いて、だれが何を取るかを決め、イエスの衣を分けた。)
罪人は四人組の兵士に付き添われて刑場へと連れて行かれた。当番で処刑の任務についた兵士たちは、特別な報酬として罪人の着けていた衣服を取ることが許されていた。ユダヤ人は通常五種の衣服を着けていた。それは、サンダル、ターバン、帯、下着、外套であった。兵士たちはくじを引いて、誰のものにするかを決めた。このような兵士たちの行為を旧約聖書の預言(詩篇22:18「彼らは私の衣服を分け合い私の衣をくじ引きにします。」)が成就するためであったとヨハネ19:24には記されている。
(25節:彼らがイエスを十字架につけたのは、午前九時であった。)
十字架は受刑者が体力も失い、体の重さによって呼吸が困難になっていき窒息することで死に至った。
(26節:イエスの罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。)
十字架刑に処せられる者は死刑場に引いていかれるまでの間、首に罪状書きをつるされたか、そのような札に先導されて死刑場に向かった。罪状書きには「ユダヤ人の王」と書いてあった。これは政治的な革命を試み、ローマに反逆したという罪状を表わすものであり、当時の公用語であったラテン語、それにユダヤ人が日常使用していたギリシャ語とヘブル語の三か国語で書かれていた。それ故、多くのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。
(27節:彼らは、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右に、一人は左に、十字架につけた。)
イエス様の他に2人の者が十字架につけられたことは全ての福音書が証言しているが、これも、神のみことばの成就であった。「彼が自分のいのちを死に明け渡し、背いた者たちとともに数えられたからである。」(イザヤ53:12)
(29~32節:通りすがりの人たちは、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おい、神殿を壊して三日で建てる人よ。十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを嘲って言った。「他人は救ったが、自分は救えない。キリスト、イスラエルの王に、今、十字架から降りてもらおう。それを見たら信じよう。」また、一緒に十字架につけられていた者たちもイエスをののしった。)
イエス様は様々な人に嘲笑された。
本日の聖書箇所も、イエス様が十字架にかけられていく姿を淡々と記している。ヨハネ10:18にはイエス様のことばがこう記されている。「だれも、わたしからいのちを取りません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。」それは、イエス様が強いられた死を迎えるのではなく、自ら自発的に命を捨てることを示している。
聖書は誰々のせいでイエス・キリストが十字架にかかったと述べようとしていない。恩着せがましさは全くないのである。
Ⅱコリント5:18~19には「神は、キリストによって私たちをご自分と和解させ、また、和解の務めを私たちに与えてくださいました。すなわち、神はキリストにあって、この世をご自分と和解させ、背きの責任を人々に負わせず、和解のことばを私たちに委ねられました。」とある。神様は、違反行為を責めたくないと言っておられるのである。神様は人間の罪の重さを知らしめようとイエス様の十字架刑を行ったのではないのである。