「みことばを信じて救われる」
- 佐々木 優
- 2017年5月6日
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更新日:2023年11月14日
2017年5月7日(日)
テキスト:ヨハネの福音書10:30~39 (新約聖書199頁)
○30節「わたしと父とは一つです。」
イエス様がわたしは神であると主張すると、「ユダヤ人たちは、イエスを石打ちにしようとして、また石を取り上げた。」(31節)イエス様はご自分のなさったわざのどれが石打ちに相当するのかと問いかけた。それに対しユダヤの人たちは、イエス様のわざとは何のかかわりもなく、イエス様が自分のことを「神とするからです」(33節)と答えた。イエス様が自分を神であると主張することは神への冒涜であり、神を冒涜する罪を犯した者は死刑にされたからである(旧約聖書レビ記24:16)。
○イエス様は旧約聖書の詩篇82:6「おまえたちは神々である」を引用し、神のご意志を具現しているという意味では地上の王たちでさえ神々と呼ばれているのだから、真実のままにイエス様がご自分のことを神であると言うこと、神のわざによって神のご意志を具現している自分がなぜ咎められるのかと問いかけた(34~38節)。
○37~38節「もしわたしが、わたしの父のみわざを行っていないのなら、わたしを信じないでいなさい。しかし、もし行っているなら、たといわたしの言うことが信じられなくても、わざを信用しなさい。それは、父がわたしにおられ、わたしが父にいることを、あなたがたが悟り、また知るためです。」
イエス様は生まれつきの盲人の目を見えるようにされた等、神にしかできないわざをされた。何の色眼鏡もかけずに見れば、イエス様のわざは神のわざであるとしか考えられない。ならば、イエス様がご自分を神であると主張することが信じられなくても、イエス様のわざを信用しなさいと言われた。そうすれば、父なる神がイエス様におられ、イエス様が父なる神にいることを悟り、知ることに繋がるのだと言われた。
○神様は、人が、イエス様を神であり罪からの救い主であることを信じられるようにと各々に神様のわざを示してくださっている。そのわざは病の癒しであったり様々のことがあるであろう。しかし、人は、神様のわざをきっかけにするとしても、神様のみことばを信じて救われるのである。新約聖書ルカの福音書16章19~31節に、天国ではない苦しみの場所に行った魂が、まだ生きている自分の兄弟がこの苦しみの場所に来ることがないように、死人を生き返らせて自分の兄弟に考え方を変えるようにと告げに行って欲しいと神様に願うたとえがある。しかし、その答えは、「もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないのなら、たといだれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。」であった。人がみことばに耳を傾けていく時、神様は、イエス様は神であり罪からの救い主であることを示して下さるのである。そして、人がその聖書のみことばを信じる時救われるのである。
*罪からの救いとは、イエス様を神であり罪(神様から的を外していること、及び、犯す数々の行為罪)からの救い主であると信じることによって、罪が赦される(神様からの的外れの回復と、犯す数々の行為罪の赦し)こと。