「それが私の慰めです」
- 佐々木 優
- 2024年2月3日
- 読了時間: 3分
2024年2月4日(日)
テキスト:詩篇23篇4節後半 (旧約聖書954頁)
4節「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。」
本日は4節の後半「あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。」
この箇所から学びたいと思います。
「むち」と訳されていることばは、敵や野獣を追い払うために片手で自由に操ることのできる大きさの物を指し、羊飼いの携帯必需品の2つの内の1つである、先に鉄の金具のついた投げ棒の「こん棒」のことであろうと思われます。
この、こん棒が使われる目的は、羊が勝手な方向に迷い出たり、毒草に近づいたり、様々な危険に近づきすぎたりした時に、羊飼いがこのこん棒を投げるのだそうです。そうすることによって羊を仲間のところに戻らせるのだそうです。
また、羊は毛が長いために、病気や傷や欠陥を探し出すのが容易ではないそうですが、しかし、熟練した羊飼いは、自分のこん棒を取って、羊の毛を分け、皮膚の状態などを見て、病気の徴候等がないかをさぐっていくのだそうです。
また、羊飼いのこん棒は、危険がせまった時、彼自身と羊たちとを守る道具であり、攻撃してくるものへの防御と制止のために用いられるのだそうです。
羊飼いの杖もまた似たような使われ方をするのですが、羊の状態を細かく調べるために使ったりするそうです。
また、杖を使って、羊の脇腹にやさしくさわって、その押す力で、羊飼いが行かせようとしている方向に羊を導いていくのだそうです。
この詩篇の著者ダビデは、老年になって自身の生涯を回顧してこの詩を記したと考えられますが、ダビデが命の危険にさらされた時(ダビデの先の王サウル王、そして息子アブサロムに命を狙われた)、「その方向に進むと危ないよ」と、神様が教えて下さっていたのだなあと思い返したのだと思います。
逃亡生活の中で、体調を崩したことも度々あったのだと思います。そのような時、神様が体の悪いところをいち早く教えて下さり、「このままだと、体調を悪くするから、ゆっくり休んだ方がいいですよ」と教えて下さっていたのだなあと思い返したのだと思います。
逃亡生活の中で、いつも、いつも、やさしく、どこに進んでいけばいいのかを教えて下さっていたのだなあと思い返したのでしょう。
だから、ダビデは、「あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。」と語ったのです。
私たちを尊重して下さる羊飼いなる神様は、大きな牧場の中で自由に歩み決断をする私たちの人生にも同じく、進むべき道をやさしく教えて下さっているのです。みことばを通してであったり、祈りの中であったり、あるいは、周りの人のアドバイスや、周りの人のささいな言葉を通してであったり・・・。
また、神様は、私たちの健康を気遣って下さり、悪いところがあれば、色々なことを通して、そのことに気づかせて下さっているのです。「あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。」