top of page

「そこに存在しているだけでいい」

  • 佐々木 優
  • 2025年1月19日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年1月22日

2025年1月19日(日)

テキスト:マタイの福音書5:13~16(新約聖書7頁)


マタイ4:24

 イエスの評判はシリア全域に広まった。それで人々は様々な病や痛みに苦しむ人、悪霊につかれた人、てんかんの人、中風の人など病人たちをみな、みもとに連れて来た。イエスは彼らを癒やされた。

 イエスさまのすぐそばには弟子たちがいましたが、イエスさまはおそらく、このような様々な困難を経験している人たちに対してメッセージを語られました。

 当時の社会は、ローマの一部権力を握った人たち、また宗教的権威を帯びた人たち、こういった人たちが富を手にし、大方の人たちは極貧に生きることを余儀なくされていた究極の格差社会でした。イスラエルの民は、自分たちが先祖から受け継いだいのちである土地(土地は自分たちの命のようなものだった)をローマの国に取り上げられ、小作人のように働かされるという理不尽な中に置かれている人たちがいたのです。

5:13、14「あなたがたは地の塩です。あなたがたは世の光です。」

 イエスさまのことばを聞いていた人々の大半は、困難・苦しみの中にいる人、社会的に力のない人、周囲に影響を与えるような人と言われるような人とはほど遠い人、イエスさまを信じていない人・・そのような人々でした。

 しかし、そのような人々がそのままで、そこに存在しているだけで「地の塩、世の光」なのだとイエスさまは言われました。

 

最新記事

すべて表示
「そのままでいいよを伝えるために」

2026年2月15日(日) テキスト:ルカの福音書4:38~44 (新約聖書117頁)   イエスさまが地上におられた時の活動の目的は 「神の国の福音を宣べ伝える」(44節) ためであったと言えるでしょう。神の国とは、一人一人の存在と尊厳がそのまま認められ、温かい寄り添いがされる場です。そしてそれを引き継いでいるのが教会です。  イエスさまは失敗や罪を責めることもなく (ヨハネ8章の姦淫の現場を押

 
 
「イエスさまが守って下さっているーサタンの活動はほとんど意識しないー」

2026年2月8日(日) テキスト:ルカの福音書4:31~37 (新約聖書116頁)   (4:31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに下られた。そして安息日には人々を教えておられた。) ナザレ(標高360m)からカペナウム(標高マイナス200m)までは下りである。カペナウムは、ガリラヤの町である。漁業の町で、ペテロとアンデレのホームタウンである。 (4:32 人々はその教えに驚いた。その

 
 
「苦難の前には神さまからの力づけがある」

2026年2月1日(日) テキスト:ルカの福音書4:20~30 (新約聖書116頁)   (4:20 イエスは巻物を巻き、係りの者に渡して座られた。会堂にいた皆の目はイエスに注がれていた。) 故郷に凱旋したイエスさまが故郷の自分たちに何を語ってくれるのかと大きな期待を持っていたのでしょう。 (4:21 イエスは人々に向かって話し始められた。「あなたがたが耳にしたとおり、今日、この聖書のことばが実現

 
 
bottom of page