「初代教会に立ち返って」
- 佐々木 優
- 2022年6月11日
- 読了時間: 3分
2022年6月12日(日)
テキスト:使徒の働き2:41~42(新約聖書236頁)
「彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた。彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。」
イエス・キリストが復活をして、わずか50日後に、エルサレムに最初のキリスト教会が誕生した。聖霊降臨により、ペテロが群集に対して、イエス・キリストの贖いの十字架・復活を信じることによる罪からの救いを語り、そのことばに心を刺された人々約三千人が、悔い改め、洗礼を受けて、教会の会員として加えられた。これが今日ある教会の形の出発点となった。そして、この時以来、教会は全世界に拡大していった。「教会」の本来の意味は、「呼び出された人々」「召集された人々」である。教会はイエス・キリストに呼び出された人々、召集された人々の群れである(会堂のことではない)。
教会が誕生した時、最初のクリスチャンたちは、教会に集い、4つのことを守っていたことが分かる。
1つ目は、「使徒たちの教えを守っていた」ということである。「使徒たちの教え」とは、「新約聖書」のことである。新約聖書は使徒たちによって書かれ、そこには聖書の中心的な教えが記されていた。教会が誕生した時、最初のクリスチャンたちは聖書を学び、そのことばに従って歩んだのである。いつの時代も教会にとって危険なのは、この世の価値観に惑わされていく教会の歩みであろう。また、牧師や教会の言動が常に正しいわけではない。私たちも初代教会に学び、みことばを学び、みことばに立って、みことばに照らし合わせられながら歩む教会でありたい。
2つ目は、「交わりを持っていた」ということである。そこにはイエス様が力説された、「互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13:34)に生きる具体的な助け合いがあったのである。「人からしてもらいたいことは何でも、あなたがたも同じように人にしなさい。これが律法と預言者です。」(マタイ7:12)このみことばに生きる交わりがあったのである。神様はクリスチャンが孤独に生きることを願っておられない。教会は完全ではなく、罪赦された罪人の集まりであり不完全ではあるが、すべてのクリスチャンが教会の中で神の家族の一員として、互いに兄弟姉妹として、愛の交わりをもって生きることを願っておられる。
3つ目は、「パンを裂き」とある、今日の教会でも続けられている、聖餐式を守っていたということである。それは、イエス・キリストが十字架につく直前に弟子たちに行うように命じた、パンとぶどう酒(あるいはぶどう液)を用いてイエス・キリストの十字架による救いを覚えることである。罪深い私が、イエス・キリストの生きたからだの器官とされている、イエス・キリストの命が私の内にも通っていることを信じ、感謝するのである。
4つ目は、共に「祈り」をしていたということである。初代教会のクリスチャンたちは、「主の祈り」を中心にして祈っていたのであろう。聖書のみことばは、私たちが神様から聞く手段であるのに対して、祈りは私たちが神様に語る手段である。聖書から神様の御声を聞き、祈りによって神様に語ることによって、私たちは神様との人格的な交わりの中を生きるのである。